同じように家族やパートナーの精神病、精神不安にお悩みの方へ

私はこれまで私の思いをこのブログに綴って来ました。

誰か一人にでも、その方の人生に何かのプラスになれば良いだろうという気持ちと

離れた子供達に宛てた長い手紙です。

もし同じような思いをされた方がいて、
それを誰かに伝えたいと思っていたら、
宜しければメールをお待ちしております。

それをこのブログに載せ、色々な家族の想いを伝えていきたいと思います。

ブログ掲載が許される方はお待ちしております。

あなたの経験はきっと他の誰かの為になります。

一緒に子供達への応援コメントもお待ちしております。

【メールアドレス】
yuuwaloveis@excite.co.jp

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コメント

  1. さつき より:

    はじめまして。
    たまたまブログを拝見いたしました。
    どこからお話すればよいでしょう。
    私は29歳の女性です。
    ブログの日付がリアルタイムではないようなので、たまごっちのお話が、第一次ブームのころであるなら、私は娘さんと同じくらいの歳なのかもしれません。
    私は、過去に自傷や躁鬱、拒食症や、もと奥さまのような身近な人への精神的な暴力に自分を支配されました。正確な診断がありませんでしたが、そのころ調べたことによると境界性人格障害ではないかと思われます。
    当時は早くでたいと願った実家から飛び出し、学生で独り暮らしをしておりました。
    複雑な家庭環境ではなく、両親揃い、貧乏でしたが家族旅行にもよくつれていってもらいました。
    いまにして思えば、母が同じような病気だったのでしょう。母自身は家庭環境に恵まれず、そのことの不満や愚痴を幼い私にこぼし続け、父を罵り毎日激しく言い争い、機嫌が悪いと理不尽に叱られ…うちは夫婦喧嘩で近所で有名でした。
    両親は私を愛してくれましたが、私は次第に両親を反面教師にしようという思いを抱くように。そのまま高校を卒業する年に。激しく言い争い、逃げるように県外への進学を決めて独り暮らしを決めました。
    いまにして思えば、両親は貧しいながら家賃も学費も出してくれた。そのことへの感謝もなく、実家から出たい一心でした。
    ところが、縛られるものがなくなったとたん、私のこころはバランスを崩しました。
    自分の理想とするような、両親とは正反対の大人像を求めて、失敗するたびに自分を責めました。人間関係もうまく築けず、上記の状態に。
    親友に支えられ、ときに突き放され、奇跡的に卒業しますが、なんども救急車で運ばれ、ODして目覚めたら精神病棟(親友に助けを求めていたようです)。親からは投薬や精神科に通うことへの理解が得られず攻め立てられたりスピリチュアルな世界に連れていかれたり…難儀な学生時代でした。
    親友が、うまく突き放してくれなければ、私は自分の病気のたちの悪さに気付かなかったでしょう。(しかし家族はそうはいきませんよね。家族を悪者としてしまった気持ちの弱さ。これも後々私は気づきました。)
    その後私は上京し、学生時代の彼氏と同居を始めますが、この時の生活は読んでいて辛くなるほどにあなたと奥さまのような関係でした。
    彼の浮気や無職状態、嘘、暴言などによって、卒業でき、働きはじめて持ち直したかに思えた自分が、崩れ落ち、自分で自分がいやになるほどに感情の起伏が激しくなり、彼を殴ることも否定することも日常茶飯事でした。それが共依存だったのでしょう。
    最後はやはり、相手が豹変し、私は捨てられました。
    人生の節目節目で、自分を「修正」したいと願い、すこしづつよくなっていると信じながらここまで来ました。しかし、やはり私はヒステリックだった母に似ていく。母を助けなかった父のような人を選ぶ。
    もうどうにか自分ひとり、結婚できなくてもせめて自分を好きになり、自信を持って生きていきたいと願い、気付いたらその「修正」の最中に今の恋人と付き合っていました。
    嘘のように自分をコントロールできるようになりました。
    私はしっかり自分と向き合ってくれる男の人ははじめてで、大切にされ優しく扱われるうちに、自分があきらめたふつうのあたたかい家庭をもつ人生が叶うのかもしれない。彼といれば人生や自分そのものが自分ひとりでは向かえないはずだった方向に自然に転がっていく予感がしました。
    一年半、本当に楽しく、ぶつかることがあってもよく話し合い、周りからもなかむつまじく思われておりました。
    つい先日、彼に打ち明けられました。
    「本当なら親に紹介したいけれど、傷跡がネックだ」「見た目だけではなく、繰り返したりせず子供をきちんと育てられるのか不安だ」と。
    量腕内側、手首から肘までの無数の傷跡です。
    前の恋人に裏切られたたびに数回切りましたが、それ以外は十年も前の傷です。
    跡が気になるのはもちろんわかります、が、非常に悲しく心外でした。
    ああ、私はやはり家庭をもつことはできないのかな。と。
    彼には今の自分は自分を落とさないよう持ち上げ、自分が激しないようクールダウンし、喜怒哀楽は激しいが少しづつなだらかになれるよう努力していること。もうリストカットするつもりも必要もないことを話しました。彼はそれならふたりでやっていこう、と。でも本当はそんなことは一年半一緒にいて、私を見てくれて、わかっていると思っていました。
    いま、急激に不安な気持ちも込み上げています。
    もとに戻りたくない(でもどの時点に?)という気持ちです。
    そして私はもとには戻らないと思います。
    だけど不安なんです。
    彼はお金を貯めて出すのでいつか傷跡を消そうと言ってくれました。そして親御さんに説明して会おうとも。
    とても優しい人だと思います。でも辛いです。 傷跡は時間とお金をかけたところで消えないことを知っています。どんなに今が大丈夫でも、「過去にそうだった精神性」を受け入れがたいと感じる人も大勢います。
    一年半そばにいた彼の誤解がいい例です。
    彼は責任感で言っているのではないか。本当はこのような傷跡がある時点で、将来は考えられないのではないか、という思いに苦しくなります。
    私に幸せになる権利はあるのでしょうか。彼に質問された日から、自信がなくなりはじめています。
    どんな人もいろんな過去がある。でもそれを知った上でも「目に見える過去」は「今」なんでしょうか。
    長い挙げ句、何が言いたいかまとまらず、すみません。たまたまこういったタイミングで拝見しましたので、吐き出したいような気持ちになりました。
    あなたとお子さんの幸せを心から祈り続けます。

  2. みほ より:

    いつの間にかここにたどり着いて、一気に読みました。なにか、書かずにはいられないとおもい、でもいざ書こうとすると難しくて…つたない文章でごめんなさい。
    こんなにも、こんなにも色々な想いをされ、知らなくてもいいかもしれない感情の中でもご自分を忘れず振り返り傷つきながらも正し、前向きに生きてらっしゃる、脱帽です。
    私にほできませんでした、私は親が統合失調症になり変わっていく姿に自分自身もおかしくなりそうでした。でもずっととは思えませんでした、だから単純に子育てもし、仕事もし、精神疾患者とくらし頑張っていることが凄いとおもいました。
    精神力か強くなければ本当に無理だと思うからです。結果として離婚となりましたが、それは相手のあることてすから思うようにはならないのですよね。
    でもお子さんの事は本当に辛いと思いますが絶対に分かってくれるとおもいます。
    一番近くでお父さんの辛さも暖かさも苦しさも悲しみも怒りも感じていたでしょうし、それと同時に愛も、大事にされていると、守られていると感じていたはずです。
    だから何年たっても、そのときのままパパは私達を僕たちを一番大事に、沢山の愛情をもらった記憶のまま成長しているはずです。
    優和さんに沢山の幸せがありますようにきらきら

  3. koba より:

    内容を拝見致しました。私は心理療法家ですが、一つ特異な点があります。サイコパスに分類される側の人間であることです。
    統計学的には5%の人間がそれに当てはまり、その度合いには幅があります。犯罪などを起こす気はありません笑。
    なぜ、そうならないのかといえば、そうすると自分に不利益だからです。これが一番大事な点です。
    サイコパスと呼ばれる人間達は成長過程においていくつもの問題をおしつけられて育ちます。
    要するに親を刺激しないような子供を演じて育ってきた結果で、
    どの俳優よりも優れた嘘をつきます。それはその場で考えることも出来ます。そうしないと自分の身が守れなかったからです。
    問題の根本には奥様がどのようにご両親をとらえているかがあります。
    まだ奥様は自身の母親について大きな愛情やこだわりを持っていないでしょうか。
    心理療法には退行が必要です。ころころと医者を変えるのは最大の悪手です。信頼できる関係を築きあげるまでが大変で、そこからは加速度的に変化します。しかしその信頼を築くことは誰にでも出来ることではありません。一番信頼されているのはあなたのはずで、あなたの対応で奥様の病状も大きく変わっていくはずです。
    行動を見れば分かりますが奥様と貴方は平均より高い知能指数を有していますのでお子様達の教育についても考えるべきだと思います。
    たとえば他人が指先を一本立てて、それを見つめさせながら質問に答えさせるというものを一度試してください。自閉症や鬱発症傾向のある場合には同時に複数のことに集中することが出来ないため、この単純作業が苦手な傾向があります。お子様が実にスムーズに行えるようであれば、遺伝子工学的には知能指数が高いDNAとなっております。国公立を目指すことが出来ると思って間違いありません。しかし刃は研がなければ意味がありません。
    また、一点指摘させて頂くと、夫であるあなた自身も心理療法家の力が必要であると思われます。文章の区切り方を見ればあなたが多くの人にこのサイトを見てみらいたいという自己顕示欲を満たすために存在していることがはっきりと読みとれます。
    自分に似た人間の行動を見抜くことは簡単です。あなたは自分に責任がない、自分はできる限りのことをやったとアピールしていますが、責任転嫁のプロなだけです。頭に来るでしょう。このコメントを消そうとするでしょう。それがあなたです。もっと早く幸せになりたいのであれば一度対話をいたしませんか?

  4. カリカリうめ より:

    kobaさんというネームのコメントが、ナンセンスすぎて、つい、書きコしています。
    とても読ませてくれる文章だったので、最後まで、どうなるんだろう、どうなるんだろうという思いで、読みました。
    自己顕示欲を感じるとか馬鹿げたことをkoba氏は書いてますが、ブログに綴ると言う事は、当然読者を考えて書いている文章なので、読ませてくれる文章でなければ、読者はくらいつきません。自己顕示欲以上に、どれだけ、文章力があるか、文章に魅力があるかでしょう。
    私は、実話であろうと、ネット上での長文は目が疲れるので、読みません。が・・・このブログは、最後まで読まされてしまいました。
    文章にも感性にも素晴らしい才能を感じます。
    書籍化、映画化すれば、必ずヒットすると思います。
    眼のある出版社の人の目にとまって、書籍化されるといいなと
    思っています。
    このブログを最後まで読んだほとんどの人が、優和さんが、
    なんなりかの形で報われる事を望んでいると思います。
    私は、このブログを読ませてもらって、
    やはり、文章にすること、もしくは、発信すること、
    その大切さを再認識させてもらいました。
    ありがとうございました。
    今後のご活躍を期待しております。

  5. 匿名 より:

    心理療法家が全員、kobaのような人間ではない。と、まずは言わせて貰います。
    そして、このblogに関わる人、登場人物全てや、出来事、考えに対して思うことを言わせていただきます。
    このblogを読んだ各個人が思う良いこと、悪いこと、それはあくまで世界の一例です。すべてのものに偏見は持たないでいただきたい。それだけが、このblogに対する不安。

  6. 匿名 より:

    >koba

    えーと・・・・・・
    (頭)大丈夫ですか?

  7. 通りすがり より:

    ブログ内の記事やコメントも含めて全て拝見しました。
    その上で自分の体験を含めながらコメントさせていただきます。

    私が先日別れた彼女も苦笑いが出るほど詩織さんに似ていました。
    彼女は鬱病でした。

    私は彼女とは結婚を前提にお付き合いしていましたが、結婚をしようとしていた矢先に彼女の高額(10万単位)の万引き・・・というか額面からしても正しく窃盗ですね。
    そんな事件があり、彼女のご両親からこんな娘では結婚させられないと頭を下げられました。
    優和さんと違い私はそれで彼女と別れることを決めました。

    ここから先は全て私見です。
    敢えて強い言葉を使いますがご容赦を。

    私も彼女には自殺未遂までの一通りのことをされましたが、別れを決めるまで愛情を失ったことはありませんでした。
    なんとか病気を治して彼女と普通の家庭を築きたいとそればかり思っていました。

    でも無理でした。
    私は優和さんほど優しくないですし考え方も違います。

    私をいくら罵ろうが、殴ろうが、そこまでは病気のせいと思って我慢できます。
    でも全く関係のない他人(私の場合は万引きをしたお店の方ですね)に迷惑をお掛けしたことは病気のせいだとどうしても思えませんでした。

    病気だからやってしまった、それはそうなのかもしれません。
    でもですね、身内でもない方が「病気だからしかたない」と本気で思ってくれるでしょうか?
    幸い彼女は温情をいただき警察沙汰にはしないでいただけましたが、だからと言って許してもらえたと思うのは間違っていると思います。

    記事にもありましたが、私はそこで彼女には「感謝」が足りないと思いました。
    まさに記事にあったように「私に感謝しろ」と言うのではありません。
    自分を取り巻く周囲の方々に対する感謝が全くないんだなと思ったのです。

    何か自分の思い通りにならないことがあればすぐに「自分のやり方、考え方を押し付けないで!」「私の気持ちわかってくれてない!」と喚きたて「どうせ私が全部悪いんでしょ!」と泣く。
    「正論を盾にして私を追い詰めないで!」と何回言われたことかわかりません。

    でもですね、それって自分で何が「正論」かわかってるってことですよね。
    自分が「正論」から外れてると気付いているのに正そうとしていないってことですよね。
    それを許してくれるのは良くて友達までです。
    赤の他人が「病気だから万引きしてもしかたないよね」って言うと思いますか?ってことですね。

    私は医師ではないので専門的なことは言えません。
    でも逆にただの一般人として思うのは「正論」から外れてしまった人は偏見の目で見られるということです。
    これは病気であるかどうかに係わらず、例え健康な人であっても同じだと思います。

    小さなことでも「正論」から外れ続ければ信用を失います。
    そしてそれを周りが許せば許す程、本人の信用は地に落ちていきます。
    「私の気持ちをわかってくれない」と叫んで真に自分を追い詰めてるのは自分自身です。
    逆に言えば小さな信用を積み重ねない限り誰も「自分のやり方を認めてくれない」んです。

    「離婚率90%」
    この言葉が示すのは夫婦や家族としての社会生活が破綻するということでしょう。
    「愛があれば」という安っぽい言葉ではどうにもなりません。
    愛があっても社会的な信用を失い破綻したら家族として生活できないです。
    多様な価値観を認め合えるということは、根底にお互いの信用がなければ成り立ちません。

    周りのサポートには物理的にも時間的にも限界があります。
    病気で辛いのと同様に支える側も辛いのです。
    それでも支えようと思うのは愛があるからです。

    しかし「不安だ」「生きるのが辛い」「死にたい」と言われ続けると、自分が注いでいる愛を否定されているのと同じです。
    精一杯愛情を込めているのに「死にたい」と言われるのは、大好きなパートナーに自分が注ぐ愛を信用されていないということ。
    これは相当キツいです。
    これがある一線を越えたときに限界がきます。
    私は限界がきたときに感じたのは悲しみでも憎しみでもなく、ただただ想いが届かなかったという喪失感だけでした。

    私のコメントを読んだ方には不快な思いをさせていまうかもしれませんし、またそれはおかしいと批判されるかもしれません。
    ですが私は自分が体験し、感じたことを誤魔化さずに書いたつもりです。
    願わくばたった一人でも構わないので、この長文がどなたかの人生を好転できればと思い筆を置きます。
    乱雑な文章ですが読んでいただいた方、ありがとうございました。

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