あの頃の僕 27

ある日、家に帰るといつも通り居間に親父がいた。

「ただいま-」
「おかえり」

他愛のない会話を二言三言交わして自分の部屋に上がろうとした時、自分でもなんであんな事を話し出したのかわからないけど、急に親父に話し掛けた。

「父ちゃん、本当はずっと寂しかったんじゃないか?」

突然話し出したので父親はきょとんとしていた。

「最近思うんだ。父ちゃん寂しかったんじゃないかって。何となくわかるんだ。今19歳になって、色々やってみて、なんの為に生きているんだろうって考えて。

父ちゃん本当は寂しかったんじゃないかって。

だから、色々やってみたんじゃないかって。俺、なんかそう思うよ。」

そしたら父親が号泣した。

脇目も振らずわんわん泣き出した。

父親が目の前で号泣するなんて初めて見た。

「誰もわかってくれなかった気持ちを息子がわかってくれた。こんなに嬉しい事はない。俺はもう人生に悔いは無い。」

なんだかいたたまれなくなってその場を後にした。

そして自分の部屋で泣いた。

あんなに横柄だった親父が泣いた。

本当はずっと寂しかったんだ。

自分の言葉を振り返りながら、大切なことを学んだ気がした。

それから3ヶ月後、父親は死んだ。

急性白血病、いわゆる血液の癌だった。

俺の20歳の誕生日の3日後のことだった。

100歳まで生きる!が口癖だった親父。

おまえが20歳になったら、一緒に酒を飲みに行こう。何が食べたい?

と小さな頃から言っていた親父。

20歳の年になってから「ふぐを食べてみたい」とリクエストしていた。

果たされなかった約束。

入院中に見舞いに行った時に一万円を渡された。

「しばらく入院しそうだから、好きなもの食って来い」

病室から帰る時、「今度は彼女連れて来るから。いつか結婚したいんだ」と伝えた。

親父は「おう」と新聞を読みながら返事をした。

それが最期の会話だった。

親父は自由に生きた。
親父はずっと最愛を探していた。

親父
今俺は思うよ。

『愛』は身近に溢れているんだって。

『最愛』を探し続けた親父は47歳でその人生の幕を下ろした。

20歳の自分は『これからは自分の力で生きていく』ことを胸に刻んだ。

そしてそのすぐ後、詩織に子宮内膜症が発覚した。

続く

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