妻は精神病 今の僕の気持ち 12

一ヶ月…二ヶ月と時は過ぎる。

詩織の体調は変わらない。

とにかく担当の主治医がきらい・キライ・嫌い。

体調の波が激しくなってきた。

すぐに

キレる。

泣く。

動かなくなる。

を繰り返す。

ふと、

入院していた病院で一番最初に診察してくれた先生を思い出した。

斉藤先生。

『奥さんの病気は絶対治りますよ!』
と言ってくれた医師。

最近独立し、近くに心療内科を開院したばかりだという。

「…一回さ、斉藤先生のところ行ってみないか?」

と詩織に問いかけた。

「…行ってみようかな…」

すぐに連れて行った。

「…それは大変でしたね。さぁさぁどうぞ。」

ガタイの良い熊の様な先生。

詩織と一緒に奥の部屋へ入っていった。

一時間後。

奥の部屋から目を真っ赤にして詩織が出てきた。

そして詩織と二人で先生の話を聞いた。

「結局、妻はどうなんですか先生!?病気なんですか?治るんですか!?」

「…まぁまぁご主人さん落ち着いて下さい。
一つずつ話していきましょうか。

まず、奥さんは病気です。
病名は『境界性人格障害』といいます。

欧米とか向こうの方が精神の医学は進んでいるのですが、『ボーダーライン』とも言います。
神経症と統合失調症…あ、前は精神分裂病と言いましたが、それを行ったり来たりする病気です。

症状としましては、鬱、自傷行為、思考能力の低下、性が奔放になる、身体の運動機能の低下のいくつかのものが現れてきます。」

「でも、奥さんは治りますよ。大丈夫です。

…ただ、十年下さい。
時間はかかりますが十年もたてばだいぶ良くなりますから。」

『良くなる。』

本当は一生このままかも知れないと思っていた私にとってこの言葉は嘘でも嬉しかった。

すごく、すごく嬉しかった。

恥ずかしいから我慢していた涙が堪えきれなくて少し溢れ落ちた。

「…ご主人さん。ただ先程も話した通り、時間はかかります。治療はですね、まず、奥さんを家族から完璧に離す時間を作ります。
当院の二階フロアでディケアを開いておりますので、しばらくは毎日通って下さい。
そして、徐々に家族の枠に戻して行き、社会に適応出来る様にしていきます。」

初めてのそれらしい治療。

ここなら本当に治るかも知れない。

スタッフと一緒に二階フロアへ詩織と行った。

………

独特の雰囲気…

差別するワケではないが、やはり個性的な方が多い。

目が…飛んでる。焦点の合ってない人がほとんど。

もしくは目に生気を感じない。

こんなところに妻を預けるのか!?

…心配になった。

しかし、先生を信じると決めたばかり。

断腸の思いでディケアに妻を預ける事にした。

そのまま二時間一緒にディケアを参加した。

内容は基本的に自由。

なんだか色々なカリキュラムがあり、粘土細工をしたり、カラオケをしたり、ビーズアクセサリーを作ったり…等々。
辛いと休んだり、同じような人達と同じ時間を過ごす事がまずは大事らしい。

詩織も同じ病気の人と色々な話をしていた。

…そうか…詩織が『母』という時間を離れ自分を自由に解放するにはいいかも知れないなぁ。

いくら病気で身体が動かないといってもやはり3歳と1歳の母親。子供達も寂しいとなついてくるし、病気といえどいきなり危害を加える事はなく、むしろそれなりに抱きしめたり、遊んでやらなくてはならない。

しかも病気だからといって、私の実家に住むという事は詩織にとっても苦痛だろう。昼間子供達が保育園に行くと母と詩織の二人きりなのだから。

しかし、それにしても妻をここへ預けるのは、ひどく気詰まりした。

一言でいえば、『大人の皮を被った中学生軍団』といった感じだ。

まぁ、まずは先生を信じるしかない。

他の病気の方と談笑する詩織を見て、『やっぱり詩織も病気なんだ』と感じた。

改めて寂しさを感じた。

―続く。
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『わかってくれる存在』が医師であるならば、それはそれだけで大きな心の支えになりました。

ただ、医師のキャパシティにもよるのかも知れませんが、家族まで包括する医師はまだ出会ったことがありません。

どこかにそういう人がいるのかも知れません。

医療従事者であってもそれ以前に人間です。

精神病に携わる医療従事者が何らかの精神疾患になる確率は、普通の病院に比べて格段に多いと何かで読んだ覚えがあります。

医療従事者というだけで、すがる思いの患者やその家族の期待を一身に背負い、解決出来ないと責められる。

それも理不尽に責められる。

割りの合わない仕事です。

それでも当時の私のような人達が一筋の光を求めて覆いすがってくる。

大変な仕事だと思います。

精神疾患をお相手のお仕事をされている方、いつも有難うございます。

お陰様で生きる上でたくさんの支えになりました。

この場を借りて御礼申し上げます。

結果から見れば病院を変えて私は良かったと思います。

上記では『差別している訳ではない』と置いていますが、差別的な目で利用者さん方を見ていた自分がいました。

私はとても失礼だったと思います。

その方々の人生に『礼』を失っていました。

自分が悪かったと思います。

様々な人生が在り、そこに至る過程が人それぞれにあります。

自分がそうならないという確証は無いし、そもそも人の人生を評価出来るほどの人生を歩んでいません。

あの人はこうだ。
あの人はああだ。

と否定的な目で見る前に、あるがままの姿を肯定も否定もせず、そもそもそんな話自体が上から目線であることに気付くことが大切なんだと今は思います。

裏を返せば、自分の劣等感が現れていたのだと思います。

生きて存在してくれているだけで有難い。

去年統合失調症になった兄がそう思わせてくれました。

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コメント

  1. よりこ より:

    色々大変でしたね。精神科は薬を処方してくれるだけと思っておいたほうがいいです。経験上、期待しすぎて辛いことが一杯ありましたが私の解釈が間違っていたのだと気付きました。
    色々トライしてきて心情的なことは、電話相談がいいです。時間が短いですけど、ボランティアされてる方は大体苦労してきた人なので話を聞いてくれます。温かい気持ちになるので癒されてきました。患者さんでなくても、ご家族の話も静かに聞いてくれますよ。言うだけで楽になる効果ってあるんだなと思っています。

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