妻は精神病 今の僕の気持ち 13

ディケアに通う様になってから段々と幼児化が進む詩織。

斉藤先生が言うには、詩織は9歳から感情の成長していない部分があるらしい。

母親の虐待により植え付けられた『母は怖いもの』という認識。

何も構ってくれなかった、守ってもくれなかった父。

それでも私(詩織)は両親に愛されたかった。

結婚相手に求めた愛情。

仕事が忙しく、相手をしてくれない。

私達の為に頑張っているのは分かる。

けど寂しい。

寂しい。

寂しい…。

なのに娘は私が受けられなかった愛情。
私が受けたかった愛情を一身に受けている。

あんなに望んだのに私じゃなく娘に注がれる愛情。

―『憎い』

自分自身気が付かなかった感情。

段々と詩織の中で膨らんでくる。

お腹を痛めて産んだ子供達。

憎いはずがない。

でも憎い。

そして本人(詩織)はそれを知るよしもない。

その影響は身体に出てきた。

身体が育児に拒否反応を示す。

…という事らしい。

まずそれを『解放』させるのが必要との事。

そして、境界性人格障害という病気の特徴は、一言で言うと『ワガママ病』なんだとか。

みんなそれぞれ辛い想いをして成長してきているし、それを乗り越えて大人になる。

でも、それを乗り越えられなくなってしまうのだ。

自分でも気の付かないうちに。

意識ないワガママで許されるのは赤ん坊だけ。

詩織も一度、赤ん坊まで解放させる。

しかし、身体は大人なものだから、性に奔放になってしまう人が多いらしい。

それが離婚率90%を超えるという理由の一つになっているそう。

医師自ら誘惑するらしい。エロトークしたり。それである程度判断出来るそうだ。

「奥さんは怪訝そうな顔をしていました。まあ大丈夫ですよ。」

エロトークすんなよ。先生。

詩織は毎日ディケアに通った。

段々ヤンキー女子中学生になっていく詩織。

タバコ。

育児放棄。

濃すぎ化粧。

露出の多い服。

…まぁ、病気だし、仕方ない。でも正直恥ずかしかった。

だってコヤンキーか水系みたいなんだもん。格好と言葉遣いが。

オシャレをしたいみたいだけどズレてる感じだった。
(周りの友達の影響と思われる。)

…しばらくして、携帯電話が欲しいという。

当時家にいた詩織は携帯電話を持っていなかった。しかし実家に住む様になり自由に友達と連絡がとれないとの事で契約する事にした。

大喜びの詩織。

その日から部屋からほとんどでて来なくなり、

プチ引きこもり。

何やら精神病の友達と話したり、メールなどでやりとりをしているみたいだった。

そんなので落ち着くなら…と放っておいた。

半月後…

初めての利用料金。

2万5千円。

単純計算で月5万。

生活出来ません。

怒りました。

「どうやって生活してくんだ!!!!!!!!」

「イヤァアアァァッ!!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!もう気をつけるから!ごめんなさい!ごめんなさい!」

許されません。

そんな爆弾を抱えて、とてもじゃないけれども生活していけません。

あまりに腹がたって詩織の携帯まっぷたつに折った。

「ギャ―――――――ッ!!!!!!〆〇ゞ★£*※∋∨⌒∽ゐΘΩΦЁЙйы┫⑳⑳⑳√∵!!!!!!」

狂った。

刹那、詩織は私の眼鏡をぶんどり、まっぷたつに折った。そしてその眼鏡を床に叩きつけると勢いよく殴りかかってきた。

私はなんとか詩織を掴み静止させる。

般若のような顔の詩織。

凄く私を恨む顔。睨む顔。殺意な顔。


……
………
…………
……………

…俺は自分の家族を守りたいだけだ。

だけど詩織に声は届かない。

俺が間違っているのか?!

いや、こいつがオカシイんだ。

こんな事がずっと続くのか?!

本気で

『こいつと一緒に自殺したい』

と思った。

もう訳がわからなくなっていた。

多分そんな様な事をくちばしったのだろう。

母親に頬を叩かれた。

「優菜と健斗はどうするの!!!あんたまでそんなになったらダメでしょうっ!!!」

ハッとした。

気が付かないうちからずっと泣いていた。

詩織はまた心因反応を起こしてビクッビクッと痙攣していた。

後日、ディケアのスタッフに携帯電話を壊した事について、「もっと優しくできませんか?」という問い合わせがあった。
詩織が言いつけたのだろう。

「じゃあ、どうやって生活するんですか!!」
と私は怒った。

ディケアのスタッフの黙ってしまった。

そしてまことしやかに私に対するドメステイック・バイオレンス疑惑が浮上する。

段々と詩織に追い込まれていく生活が始まった。

―続く。
———————————————————————————

はっきり上記で医師が言っていましたね。

『両親から与えられなかった愛情を夫に求めていた』と。

大変申し訳ないのですが、20歳そこそこで親のような愛情を詩織さんに与えることなんて到底出来ませんでした。

携帯電話を折る行為についてもご批判をいただいておりますが、あの頃の私には残念ながらキャパシティがありませんでした。

ただ、あの頃の私を、私だけは認めてあげたいと思います。

高卒20歳の初任給が手取りで16万8千円でした。

25歳になり、札幌で家を建てるくらいの年収にはなりましたが、毎月の詩織さんの病院代、子供達の保育料が二人で7万弱、その他の生活費、養育費など諸々で、20歳の時から私だけの給料でやりくりしておりました。

また母親は遺族年金のみで一人で生きるだけの質素な生活、義父母は借金うん百万で頼ることは出来ず、余分なお金は無かったです。

子供達の将来のこと
理不尽な詩織さんの要求
人格否定
暴力
母の負担
先の見えない生活

精神論だけで乗り越えられない現実的なお金の問題。

もしあなたが12年前に上記の状態で正常な判断が出来たでしょうか?

私には出来なかった。

携帯電話を折り、現実的使用不可能にするしかその時は思い付かなかったのです。

ただ直情的だった訳ではありませんが、怒りや絶望が渦巻いていました。

何をどうしていいのかわかりませんでした。

当時、私には父親が他界しておりませんでしたから、たった一人いた優しい叔父に相談しようと求めたことがありました。

叔父叔母夫婦も聾唖障害をお持ちで、叔母さんは他界しておりました。
近くに住んでいる従姉妹がおり、従姉妹に連絡を取り、叔父に相談したい旨を伝えたところ、答えは『No』でした。

父が生前お金の無心に叔父を頼っていたのが従姉妹は引っ掛かっていたようでした。

私はお金の相談ではなく、精神的な支えになる言葉が欲しかっただけで、その旨を伝えても『止めてほしい』の一点張りでした。

叔父も優しいから、結局はあなたにお金の援助を申し出るだろうからの言葉に、そこまで迷惑は掛けることが出来ないと相談を断念しました。

だから、自分の少ない人生で信頼の出来る相談相手を失っていた状態でした。

『この絶望的な生活がいつまで続くのか』という状態を私も味わいました。

もし今そのような状態でおられる方がいるならば、私は『時と共に状態は変わる』とお伝えしたいです。

『時薬(ときぐすり)』という時間の自浄作用が、絶望的とも思えるその時を必ず変化させてくれます。

その時に、自分の願う自然の摂理に準じた思考を持つことにより、壊滅的とも思える状況は打破出来ると思います。

今ならば
時薬の存在を信じ、もう少し根気強く話すことが出来たと思います。

あの頃の私のキャパシティの限界がここの場面です。

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コメント

  1. よりこ より:

    ご自身も抑圧されていた状況があったのですね。
    確かによく読むと、貴方の反応は、プレッシャーを他に抱えているような感じですものね。思い出しましたが私が引きこもり鬱の友達の話にびっくりしたのはゲームの課金料金。もう50代近くて気づいたら一ヶ月2万円使っちゃって(笑)とか、親が払うって言うので
    常識に照らし合わせてそれはないよと思ったのですが、そういう病状ってあるらしいと聞いたので、我慢しながら穏やかに話しました。
    何でかなあって思うんですけど、鬱になるのもお父さんを早くに亡くされていて我慢をたくさんしてきて今、母親を困らせたいのか、甘えているのか何なのか…。
    近所のおばさんもご主人亡くして鬱の時近所のスーパーで万引きして捕まって評判になってしまいました。その人は外面のいい人でした。

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