妻は精神病 今の僕の気持ち 15

2DKの狭い部屋。

風呂トイレ別。

陽当たり最悪。

駐車場無し。

で38000円也。

自分名義で借りて、実質は詩織の一人暮らし。

ただ全くの一人暮らしは心配なので気が向いた時に行ける『逆通い婚』にした。

この部屋、お風呂がすごくイライラする作り。

正方形の風呂だが、どんなに熱くして入れても45分後には必ず冷める風呂…。

毎日風呂に入らなければならない私が『銭湯』というアビリティを会得するまで、時間はかからなかった。

――――――――――――――――――――――

詩織はこの頃から夜遊びをする様になった。

…といってもそんなにお金も持たせていないので、もっぱら友人宅かカラオケ店。

もちろん、そんな生活に付き合ってくれるのは精神病のお友達だけだった。

また、詩織もこの頃は自分を卑下して苦しんでおり、通常の友人達には会いたくないと言っていた。

私の目から見ればただの『不良女子中学生』。

が、年齢が大人な分タチが悪い。

補導されません。

毎日ケバい化粧で病院へ向かう詩織。

「ナチュラルメイクの勉強をして」
と言う。

「あんたの為に化粧してない!!」

とケンカ。

子供達が遊びに来る。

「ままぁ。」

となつく。

「…ママ具合悪いからそっちで絵を描いてなさい。」

と寝てる。

「もっと優しくしてやれよ。」

と言う私。

「わたしが悪いんでしょう!!病気になったから!!」

とケンカ。

話す事が自分の事ばかりで、子供達の事が一言も話題にならない。

「おまえは子供達の事が気にならないのか?」

と言うと

「わたしなんて死ねばいいんでしょう!?」

とケンカ。

等々…

ケンカになってしまう…というか、わざと仕掛けてるのではないか!?というくらいケンカになります。

そんな時に詩織は「どうせわたしが悪いんでしょう!!」と牙を剥く。

そして目が座る。

臨戦体制に入ります。

もうこうなったら何を言っても無駄。

その頃の私はそれを知らず詩織を説得に入る。

無駄です。

まず詩織の罵声が飛ぶ。

かなり悪意に満ちた言葉。

手や足がでる事もあった。

もう詩織に悪魔は乗り移っています。

そして「イヤァアァァァッ!イヤァアァァァッ!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!」

と過呼吸になって…

ばたっと倒れる。

泣きながら寝る。

起きて鬱に入る。

手首切る。

パターンです。

パターンですが、

慣れるもんじゃありません。

無限ループ。

ケンカケンカケンカケンカケンカケンカケンカケンカケンカケンカケンカケンカケンカケンカケンカケンカケンカケンカケンカケンカケンカケンカケンカケンカケンカケンカケンカケンカケンカケンカケンカケンカケンカケンカケンカケンカケンカケンカケンカケンカケンカケンカケンカケンカケンカケンカケンカケンカケンカケンカケンカケンカケンカケンカケンカケンカケンカケンカケンカケンカケンカ…

キガクルウ。

そして第一話へ続く。

――――――――――――――――――――――

―続く。
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医師が言った通り、距離を置くということは良かったと思います。

しかし、今思えばグループホーム等の共同生活の方が良かったと思います。

結局一人暮らしをさせることは孤独感を増長させることになり、結果として夜遊びや不貞行為に繋がりました。

医師が悪い訳ではありません。方法の提示をしてくれるだけで選ぶのは家族です。

『病気だから何をしてもいい』訳ではないことは周知の事実ですが、『精神病だから罪に問われない』という風潮は良くないと思います。

罪に問われなく、精神病院へ強制入院というスタンスですが、責任能力が無いという理由では被害者及び家族は納得行かないと思います。

『差別は良くない』のに病気だから罪を償わなくていいのかと思います。

倫理を犯してはいけない。

そう今は思います。

なぜ人は人を傷付けるのでしょうか。

争いの遺伝子がそうさせるのでしょうか?

爆弾を作ったノーベルは早く工事が進むように願った。人の役に立てるように願った。

けれど人間はそれを人間に使った。

第二次世界大戦が終わり今年で70年ですが、一世紀も経っていない過去に世界中で人が殺された。

現代に於いてもまだ人は人を殺め続けている。

お互いの正義がぶつかり争いは起こる。

それは個人レベルでもあちこちで起きている。

本当に争いの無い世界を創りたいと願っている人はどれくらいいるだろうか?

『あの人が悪い』と相手を断罪する思いが争いを生むと私は思います。

どちらも悪いのです。

お互い様です。

どちらも悪いとした時に、もちろん自分に嫌なことをした人は悪いですが、相手が悪いと思う心が自分も悪いのです。

逆ならばどうでしょうか。

自分にとって良いことをしてくれた相手は良いし、そう思えた自分も良いのだと思います。

それを日本語で『感謝』と言います。

感謝することが争いを無くす方法だと私は思います。

では感謝することが出来ない状態なら…

それは相手と距離を置くことだと思います。

物理的な距離を置けない時は心の距離を置く。

冷たくするのではなく、普通にする。

相手が嫌なことをした時は、自分の存在を肯定してくれているからそういうことをするんだなと自分に肯定的に思う。

だいたいの精神疾患は過去の自己否定感によるものだと思います。

だから世の中に対しても否定感を持ってしまう。

世の中に見捨てられたと感じてしまう。

違う。

世の中は自然の法則により保たれている。

人の心も一緒だと思います。

万物は全て流転していて、同じ時は一度たりとも無い。

万物全てに盛者必衰は訪れる。

それが縦の波だとしたら、感情の波は横に現れる。

縦軸と横軸に於いて、自分が今人生のどの位置にいるか見極める。

それを周囲の人と自分の距離に当てはめる。

占い的に言うならだいたいそんな感じだと思います。

人はそれを波長だとか波動と呼ぶのだと思います。

ネガティブな波長の時は大人しくする。
ポジティブな波長の時は大いに駆ける。
又は大人しくする。

その場面場面で使い分けることが『空気を読む』ということなんだと思います。

一つの考え方として、相手の『気』を読んで、自らが合わせること。

平成生まれの方はゆとりと言われたりして揶揄されますが『空気を読む』という大切な能力が昭和生まれと比べて概ね優れていると感じます。

それは産まれた時からネットがある世界で本当の心を知るために特化した能力なのかも知れません。

ただし、精神疾患をお持ちの方に同調し過ぎるとネガティブな波長に引っ張られると思います。

マイナスとプラスは同等の力を持ちますから、相手のネガティブに転じないように、同等のポジティブな力で対応していくことが私の思うポイントで、その考え方は当時と変わりません。

ただ、相手は私の体調をお構い無しにネガティブ思考をぶつけてきます。

そこをポジティブな思考で迎えるには相当の力が必要でした。

マイナスからプラスに転じる方法として私が取ったのは『覚悟』という力です。

『覚悟』とは死をいとわない決意のことです。

バラバラになりかけている心を必死に繋ぎ止めてポジティブに自らを高めていく。

心の葛藤に蓋をして、心を全速力で駆け上がる。

仕事で使い果たした気力をもう一度震え立たせて駆け上がる。

そこには『こんな人生に絶対に負けるか』という強い覚悟がありました。

そして、それが詩織さんを追い込んだ原因になったとも思います。

『絶対に負けるか』という覚悟は心のベクトルが自分にとってというもので、相手を気遣ったという方向性ではなかったからです。

相手に寄り添うというベースがあり
相手を理解し
その上で相手に巻き込まれないプラスの力を持ち続け
時には必要に応じて距離を保ち
そして傷付けられることをいとわない心を持ち
永遠とも思える期間に足を踏み入れる勇気を持ち
傷付けられても自分を見失わないこと。

それが今私が思う精神疾患者と向き合う為の心構えと言えるでしょうか。

まだまだ別の角度もあると思いますが、一つの考え方として、上記の項目が一つでも欠けたり偏るとお互いに失調をきたすと思います。

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コメント

  1. 匿名 より:

    妻は精神病 40当たりまで読んで
    我慢しきれずに投稿します。
    確信犯的に行動し、人を追い込む人は多いです。
    過去のあなたがそうです。部下から総スカンくらっていることからも
    想像に容易いです。
    「精神病の家族を抱えた全ての人に贈ります」とありますが
    書いてある内容は、
    ・自分が大変であること
    ・壊れる原因となった追い込みをかけ続けていること
    これらばかり
    当時の未熟な心情を正確に描写しただけなんでしょうか?
    それだとしたら「間違っていた、こうすべきだった」等の情報も
    “同時に”記載すべきではないですか?
    これを贈られた方にどうなって欲しいんでしょうか。
    なにより読んでいて腹が立つ
    お前が嫁を追い込んで壊したんだろうが!
    親がエグリつけた傷に止めの攻撃を指し続けたのはお前だろうが!
    自分で壊しといて、精神病患者を家族に持つと大変なんです
    これを読んで覚悟してくださいってか?
    ふざけてんじゃねーぞ
    会社の部下にもお前に壊されたやついんじゃねーのか?
    いろんな人追い込んでおいて未熟でしたじゃねーよ!

  2. hiro より:

    人間として成長していくためには「人の心を傷つける」、反対に「自分の心を傷つけられる」という両方の経験が何度も必要になると思います。そして両者の気持ちが理解できるようになり人として成長していくのだと思います。傷つけられた人間は無力感を感じて鬱に入ります。次に感情の階段を昇り始めて怒りを感じますが、ここでは無力感から這い出て力を持ち続けようとする段階に入ります。そしてそこからさらに願望・希望を持つ段階に至るのですが、ここまで来るのに何年もかかることがあります。私も経験者です。無力感、怒り、無力感、怒りと何度もループを駆け巡り、この段階を無数に経験しなくてはならない場合もあるでしょう。お医者さんが10年みてください、という意図を私なりにこのように解釈してはいますが、このお医者さんにその理由を尋ねればまた違う答えが得られるでしょうね。(実際のところは知りませんが)望むらくはこのお医者さんもこの理由を素人にわかりやすく話してくれればよかったですね。

    教育の名のもとに行われる価値観の押し付け、教えている側もその違いを自覚できていない、ブログ主さんもそういう教育を受けて育たれたのかもしれません。私もそうでした。だから私はブログ主さんの気持ちや20代だった時にそうせざるを得なかった気持ちもよくわかります。

    蛇足ですが、管理職は大体は係長(もしくは課長)以上の者をいい、それ以下は監督職という区別をする場合もありますね。

  3. よりこ より:

    自分の温かい心も守りながら全く世界観の違う相手に寄り添い続けることの、大変さを感じます。でも大人になっていくと、それがだんだん出来るようになってくるんですよね。歳をとるのも、良いこともあるなと感じています。

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