妻は精神病 今の僕の気持ち 16

今まで詩織の病気は一時的で治るものだと思っていた。

『精神病』というものは『心が弱い人間がなるもの』だという認識だった。

だから、薬を飲んで時間が経過すればある程度までは良くなるものだと思っていた。

ようは治療に関して、病院に任せっきり状態だった。

しかしもうそんな事は言っていられない。

私は妻と真正面から向き合って、一生一緒にいると決めたのである。

しかし、詩織とだけ生活していく訳にはいかない。

私には子供も二人いる。

もちろんコイツらの人生も妻と同じように大切だ。

そして母親の人生もある。

仕事だってしなければならない。

綺麗事ばかり言っても、私の母親も妻の両親だって生活費を出してくれるはずも、金もない。

どうしよう…

……

………

……………

…………………

…………………………

…正直その中で、母親の人生を巻き添えにした。

一人で全てを見るのは、自分には恥ずかしながら許容範囲が足りなかった。

仕事を辞めて四六時中詩織のそばにいてもいいかも知れない。

それも一つだろう。

生活保護を受けてずっと一緒にいようか?

子供達の人生は?

そもそも父親の意味っていったい?

考えた。

―私は仕事をしなければならない。

古臭いかも知れないけれど、どんなに辛くても父親が働いていたという記憶は子供達にとってすごく大切な事のように思った。

そして

世の中が全て金だ。

…とは言わないけれど、それがないとどんなに綺麗事を言っても家族に不満はいずれ出てくるだろうと思った。
(実際に毎月母親に今でもお金を渡しているが、稼ぎ悪くなったらやれないよ。と言うと生活出来ない!と文句も言われる。お前はそんな母親かよ。と残念な気持ちになるけど、子供達面倒見てもらっている手前強くは言えない。)

私は働く。

実母に詩織と子供達の母親代わりになってもらう。

今のところ(当時)これがベストだろうと判断をした。

そして―

―続く
———————————————————————————

ここでようやく自分を見つめ直す機会がありました。

仕事をどうしようか本気で悩みました。

どういう人生設定をすればベストなのか?

散々考えました。

やはり子供達へのウェイトは大きかったです。

まだまだ未来がある子供達へ何が父親として出来るだろうか?

もしも子供達が私と同じ思いをした時に何をしたら良いのだろうか?

それが仕事を続けるという方向付けになりました。

特に健斗のことを考えました。

男は、泣きながらでも仕事をする。

男親として、健斗に示すことの出来る背中の見せ方を考えた結果でした。

二人が言ってくれた『いつもお仕事してくれてありがとう』の言葉は一生忘れません。

母親にはたくさん迷惑を掛けました。

一人では出来なかった。

今でも二人で話します。
お互いに頑張ったね。と。

それは親子関係を超えた、『戦友』のようなものです。

お互いが
夫として
義母として
家族として
結果はどうあれ、一所懸命逃げずに頑張りました。

傷だらけになりながら
たくさん泣きながら

逃げずに頑張りました。

だから、母親の残りの人生を少しでも穏やかに幸せに過ごさせてあげたい。そう思ってもらえるように、自分なりに大切にしています。

周りにどんな風に思われたっていい。

マザコンでも何でもいい。

私を産んでくれたたった一人の母親なのだから。

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コメント

  1. よりこ より:

    読んでいて安心感を与えてくれるいいお母さんだな、と思いました。大きな支えになってくれていましたね。
    詩織さんにはやっぱりそういう人がなかったんじゃないかな…。なんか対比を感じてしまいます。家族の組み合わせも、選べないのは事実ですね…。

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