妻は精神病 今の僕の気持ち 17

病院というところは当然の事ながら、

『本人の病気を治すところ』

であって、

『家族を助ける場所』

ではない。

そこに気が付かないと病院にはイライラしっぱなしになる。

病院はまず

『患者ありき、その家族』

という考え、

しかし、私には

『妻が精神病であって子供が二人いる、それを母親に見てもらっている、家族』

という意識なのである。

そこを踏まえて話しをしないと病院側との会話は噛み合いづらくなる。

結局、家族を守るのは自分なのだ。

そして

問題は一つに絞る。

『これからの人生をどう幸せに過ごして行くか?』

これが命題となる。

そこから、色々と枝葉を考えるようにする。

百年後の今日は何をしている?

多分、みんな死んでいるだろう。

だから、今をどう生きるかが大切なんだ。

今日を

・幸せと思うか?

・不幸せと思うか?

せっかく生きるのであれば幸せに生きたい。

じゃあ、何を持って『幸せ』とするか?

それは自分の心が『幸せ』と思うか、思わないかの差だろう。

『自分が幸せと思えはいい。』

だけど、そんなので幸せになれるなら簡単だ。

じゃあどうする?

『満たされること』が幸せだろうか?

満たす?心を?

…どうやって?

一つは感謝する事だろう。

詩織がいるから頑張れる。

夜に子供達の寝顔を見て愛情を確認する。

…家族のため?

いや、

『―自分が幸せになりたいが為に。』

結局人間なんてものは自分のわがままの為に生きている。

《こんなに俺は頑張っている!》

…なんて自分勝手で恥ずかしい。

『家族のため』

と大義名分を創って、それを糧にしているに過ぎない。

全ては《自分の為》なのだ。

家族を幸せにしたいと思うのは自分。

妻の病気を治したいのは自分。

《あんなにしてやったのに》

は自分が勝手にやった事。

《なんで俺ばかり》

違う。みんな。

多かれ少なかれ、みんな何かしら悩みは持っている。

その大小は比べるものではなく、

悩みの大きさは個人にしかわからない。

今日の晩御飯の献立に死ぬ程苦しんで悩む主婦がいれば、

ひとかけらのパンに感動して感謝する子供もいるだろう。

『心の持ちようで幸せにも不幸せにもなる』

ことに気が付いた。

―続く
———————————————————————————

『心の持ちようで幸せにも不幸せにもなれることに気付いた』

『気付いた』だけです。

なんとなくわかったような気がするのはここ1~2年なので、気付いてから実に10年以上の月日が経過致しました。

それでもまだまだ、自分に未熟さを感じさせられます。

『心の持ちよう』で幸せ、不幸せが変わるならば、どうやったらいつも幸せと思えるような心の持ちようが出来るのだろうか?

そればかりを四六時中に考えた10年間でした。

そもそも、『家族の幸せ』=『自分の幸せ』と捉えていた私ですから、それ自体が間違っていたのだと今は思います。

『自分が幸せ』だから『家族が幸せ』に感じるのだと思います。

家族に幸せをもらうのではなく、
自分から幸せを発信すること。

私はそんなこともわからない人間でした。

その為に自分自身が『幸せ』を体感しようと思いました。

家族が居なくなったからそう思えるようになったのかも知れません。

『幸せ』を体感する為に始めたことは、『身の回りに目を向けること』です。

『有難う』とは『有ることが難しい』こと。

今このブログを書いている私の環境は、誰かがネットの整備をし、誰かがその機械を作り、誰かが電気を通し、そしてどこでも情報を発信することが出来るようになっています。

ほんの30年前には考えられないことです。

さらには平坦な地面を歩けるのは?
部屋で適温で過ごせるのは?
楽に移動が出来るのは?

もっと言えば
太陽があるから陽の暖かさを感じられる
空気があるから深呼吸が出来る
地面があるから立つことが出来る

そして

身体があるから様々なものが感受出来る。

大自然の大きな愛に自分は支えられている。

大自然が在るこの世界に存在出来ることが有難い。

五体満足で産んでくれた両親が存在してくれて有難い。

ざっくりと書きましたが、長い年月を掛けて少しずつそう感じられるようになりました。

心の根底のお話です。

その根底があり、世界は生まれ、そして消え行く。

『自然の法則』とはそういうことだと思います。

その根底無くして世界への感謝は生まれづらいと思いました。

陽の暖かさを感じ
風の心地よさを感じ
大地の力強さを感じる。

自分が生かされていると感じる。

あるコメントを頂きました。

『妻は精神病 40当たりまで読んで
我慢しきれずに投稿します。

確信犯的に行動し、人を追い込む人は多いです。
過去のあなたがそうです。部下から総スカンくらっていることからも
想像に容易いです。

「精神病の家族を抱えた全ての人に贈ります」とありますが
書いてある内容は、
・自分が大変であること
・壊れる原因となった追い込みをかけ続けていること
これらばかり
当時の未熟な心情を正確に描写しただけなんでしょうか?
それだとしたら「間違っていた、こうすべきだった」等の情報も
“同時に”記載すべきではないですか?
これを贈られた方にどうなって欲しいんでしょうか。

なにより読んでいて腹が立つ
お前が嫁を追い込んで壊したんだろうが!
親がエグリつけた傷に止めの攻撃を指し続けたのはお前だろうが!

自分で壊しといて、精神病患者を家族に持つと大変なんです
これを読んで覚悟してくださいってか?
ふざけてんじゃねーぞ
会社の部下にもお前に壊されたやついんじゃねーのか?

いろんな人追い込んでおいて未熟でしたじゃねーよ!』

上記コメントのような言葉を毎日毎日何時間も言われました。
(コメント有難うございます。久しぶりにあの頃の気持ちが思い出されました。)

人を殺すような勢いのある人格否定を、目の前で最愛の人から何度も何度も浴びせられました。

もしもそういう言葉を浴びる環境にいるならば、それは環境を変えていいと私は思います。

自分自身が反省することは大切なことですが、自分の心が砕けるまで相手の言いなりになる必要はありません。

『あなたの言いたいことはわかったよ。』
と相手の言葉は認める。

でもその全ては受け入れられません。

『私の為に死んで』
と言われても子供たちの為には死ねません。

それは相手が自分を責める言葉を100%認めて行動したとしても、相手の心は一時的にしか満たされないからです。

だから、そもそもの話、マイナスをプラスに転じようと自分の心を振り返り、今後の自分にプラスに考えることはとても大切なことだと思いますが、それでは正常な生活を手に入れることは難しいと思います。

自分を見つめ直すという行為は確かに私の糧になりました。

当時の詩織さんと寄り添う為に必要な心構えだったと思います。

そしてそれは『自分』への心構えであり、それが皆さんから言われる強さと言われるものを生んだのかも知れません。

スポンサーリンク
スポンサーリンク

コメント

  1. 加藤順 より:

    家族を抱え奥様が病んでしまうと本当に大変です。家内は被害妄想と恋愛妄想と両方でした。症状が高まったときのエネルギーは凄いですから巻き込まれないよう気をつけて逃げていましたが、情けなかった。何日、何ヶ月かすると暫くは安定するので、それを待つしかなかった。幸い、自分の両親は当時健在で理解してくれ、それが救いでした。病気の母親を持ったことでも長男は学校で頑張ってくれ、今は弁護士の卵として立派に育ったので感謝です。離婚訴訟で母さんよりもっとひどい人がいると知らせてくれます。これから良い事もあります。

  2. 匿名 より:

    あるコメントを投稿した者です。
    まずは、コメントへのご返答に感謝します。
    何度も繰り返し読み、このサイトを通してあなたのやりたいことが
    理解できました。
    「同じように精神病の近しい人を持つ人達の心が折れないように」
    簡潔に言うとこういうでしょうか。
    前回コメントの前半部分は、
    私自身が「欲しいと思っていた」情報であり
    それが記載されていないことに疑問を感じての質問でした。
    身勝手な憶測で期待している内容と違うために
    質問したというバカな話です。
    ただ、無理もない勘違いと考えています。
    「同じように精神病の近しい人を持つ人達の心が折れないように」
    これは、あなたの母や子ども達のような立場の人が書くことです。
    あなたじゃない。
    あなたが書くことじゃない。
    事故で多くの被害者を生み出した人が、マスコミ被害に遭い
    「加害者家族へ贈る」サイトを開き
    ・あの事故は俺だけが悪いわけではない
    ・悪い結果を生んだけど、マスコミや世間に卑屈になり過ぎることはない
    等の言葉を
    張本人が遺族への謝罪の念を記載することなく話してたら
    だれが耳を傾けますか?
    それと、強い人間といいますが、今回の件では
    「詩織さんへの謝罪の念を持ち、詩織さんや子どもたちのためにも
    生きて贖罪を続けていく」
    これくらいしかないような。。。
    あなたからは詩織さんへの謝罪の念がまるで見えてこない
    あなたは自分の心を守るために、自身の罪から目を背けているだけなんじゃないですか?
    そもそもそれでいいと伝えているサイトですから、それは構わないんですが
    あなたが自分で強い人になれたと思っているとしたら
    また「ふざけんな」です。

    • たくみ より:

      このブログ主が、奥様が病気を発症された全ての原因ではないと思う。

      幼い頃から虐待されていたこと。
      そのため彼女自身成長できなかったこと。
      責任感と意志の強い男と結婚したこと。
      仕事で帰りがいつも遅いこと。
      子供が生まれて、3歳になったこと。
      子育てが大変だったこと。
      頼れる人が近くにいなかったこと。

      これらの要因が組み合わさって発症した。
      ブログ主は加害者ではないと思うし、卑屈になることもない。ただ、お互いに不運だっただけだ。誰も悪くない。

      このブログはあなたには役に立たなかったのかもしれないが、役に立てているひとは必ずいる。家族が病気になって、経済的にも精神的にも壊れてしまいそうだけど、壊れてしまえない、壊れることが許されない人の役に立っている。

      自分は全て読んで、ブログ主はよく頑張られたと思う。(ブログ主の対応の仕方に思いやりが感じられないこともあったけど、お互い様かな)関わった方々、皆幸せになることを心から祈る。

  3. あさみ より:

    読み入っています。
    この物語を書いてくださってありがと。

  4. よりこ より:

    ブログの最初から段々とご成長されてきているのが伝わりますので、今は全て受け入れることは出来ないかもしれませんが、少しずつ、少しずつですよ。
    きっといつか受け止められる。人生は一生修行なのですから、無理しすぎないで。

    私は精神疾患があるので、同じ様な思いを持つ統合失調症の方と縁があって、お互い真剣にお付き合いはしましたが、貴方様と詩織さんのようなことになってしまい、自分の命も危うくなってしまいました。妄言と罵声、脅迫、自傷行為、暴力。首を絞められたりナイフを首元に突きつけられました。最後は、身を抉るほど泣きながらその人を警察に引き渡さざるを得ませんでした。
    お気持ちわかります。そして詩織さんの親御さんによる心の傷も私は同じように負ってきて、療養生活をしています。そして自分もまた、人とは一緒に暮らせないのだと気付きました。あなたが責められることでも彼女が批難されることでもないです。

メールアドレスが公開されることはありません。

CAPTCHA