妻は精神病 今の僕の気持ち 20

詩織と私の噛み合わない言動を分析する事にする。

何を言っても、

「私なんかいなくなればいいんでしょう!」

「離婚すればいいでしょう!」

と、のたまう詩織。

これは『自分自身に対する防御反応』らしい。

かなり歪んだ言葉の受け取り方をする。

あ、米磨ぐか?

と聞くと

「わたしがご飯作らないって言うんでしょう!」

…違う違う。

そしたらまたワー!となる。

ううむ…

これは流すしかない。

斉藤先生は

「会話のキャッチボールでわざと変化球にして(言葉を曲げて)受け取ろうとする感じです。」

と教えてくれた。

なるほど。

とりあえず、おまえは今はこうなんだよ。

と詩織に伝えた。

また泣くけどしょうがない。

よしよしする。

話を聞く。

ワーとなる。

もうこれは慣れるしかない。

「寂しがりな傾向が出てくるので良く話を聞いて下さい。」

と言われる。

はい、わかりました。

体調はどう?詩織。

……
………

…………
……………

………………だるい。

(約4分)

どうダルいの?

……
…………

……
………………
…………………

…………重ダルいの。

…こなきじじい乗ってる感じ…

(約3分)

真面目にこんな会話です。

当初はかなりイライラしました。

簡単な会話が一時間はざらです。

鬱に入っている時は仕方ないらしい…

仕事が終わって夜22:00頃帰って来てこの話しを聞くのは辛かった。

ただじっと我慢して聞く。

うんうん、そうかそうか。と相づちを入れる。

もはや修行だと思った。

面倒くさそうな態度をとるとすぐに

「面倒クサイんでしょう!!もういい!!ワー!!」

とキレる。

…ううむ。

『究極の聞き上手』になれる修行です。ハイ。

しかし、詩織のワガママばかりを聞いて生活なんて私には出来ないので、

(これはどう考えても間違っているな)
という時は否定した。

泣こうがわめこうが許さなかった。

『ダメなものはダメ』をハッキリ伝えた。

そして『共依存(きょういぞん)』

これはもう是非とも知って頂きたい。

依存と言っても頼られるのと少し訳が違います。

浸透…と言った方がいいでしょうか。

徐々に徐々に精神病的な考えに毒されていくイメージです。

人間というのは弱いものでいつも、

「あんたがわるいあんたがわるいあんたがわるいあんたがわるい…」

と言われ続けると

あ、俺が悪いんだなぁ。

と思ってしまうものらしい。

そして共倒れになってしまうのだそうだ。

実際に病気に関わる人は毒される人が多いらしい。

言葉は悪いかも知れないけれど。

だから、そういうのを知って、尚且つ自分を強く意識しないと一緒にいるのは無理だと思う。

その他に『見捨てられ不安』や『幼児退行』等々、色々な症状が出た。

自分として、

これだけの覚悟をして、

これだけの行動をして、

尚且つ、まだまだ足りない自分がいる。

健康でいる事の幸せ。

病気になった時は誰しもが感じる。

しかし健康になると日々の生活に紛れてそれを忘れてしまう。

身近にいる大切な人が健康でいる幸せを感謝しようと思った。

そして、それを気付かせてくれた詩織に感謝した。

―続く
—————————————————————————————————
詩織さんが病院を変えた時に、どうしたらよいか解らなくて主治医に聞いたことがあります。(第一話の時)

『私から詩織さんに対しての接し方はどうしたら良いのか?』

ということです。

結局は理不尽な要求が矢継ぎ早で来たり、様々な人格否定があったりと、自分自身どうしてよいか解らなかったからです。

精神病患者と接したことのある方ならお分かりになると思いますが、全ての要求を飲み込んで生きていくにはまず現実的莫大な金銭が必要になります。
また
「仕事に行かれると淋しい」
「そばにいるとイライラする」

じゃあどうしたらいいかな?と聞くと
「わからない」と言う。
そして
じゃあどっちも出来ないねぇ。困ったねぇ。
と一緒に困ると
「私が悪いんでしょう!」
と始まる。
そして暴力や自傷行為が始まる。

当時の私には負の連鎖のロジックにしか感じられませんでした。

主治医からは
「ご主人の思う通りで大丈夫ですよ。この病気は一言で言えば『わがまま病』ですから、ご主人のおっしゃる通り全ての要求を叶えることは出来ませんから。」

とのことでした。

医師としても難しい問題なのだと感じました。

・そばにいる人がいないと自殺の可能性が出る。
・そばにいるとその人が攻撃の矢面に立たされる。

もし今であれば、以前よりはそれなりに適切な距離を取りながら接することが出来るかも知れませんが、それは単なる『対処法』だけの問題なので、根本的には変わらないですから、また別の問題が出てきたかも知れません。(距離を取ることにより、淋しさから表れる不貞行為等)

・離婚したら自殺するかも知れない
・具体的な根本治療は無い
・暴力や自傷行為、ネグレスト、不貞行為を行う

よく『なんで離婚しないの?』と聞かれることがありました。

自分の愛した人が、自殺する可能性を医師より示唆され、自分の為だけに離れることは出来ないとその時の私は思ったからです。

今ならば、相手が自殺しないように距離を取ると思います。

あくまでも私のケースですが、施設の力を借り、集団生活をしてもらい、土日には帰ってくる、等の方法を取ると思います。

やっぱり子供達のことを一番に考えました。

後に出てくる万引きの話もそうですが、確かに厳しい処置だったと思います。

しかし、子供達はどう思って成長していくでしょうか?

病気だから人様のものを盗んでも、罪に問われないからいいのでしょうか?

詩織さんは妻として、母としての責務を負えない状態でしたから、私は『一番上の娘』のようなスタンスで接して行きました。

そしてその気持ちの上で、親が通常教えてくれることを9歳からやり直すという詩織さんに伝えていきました。

だけど9歳の子供がいた経験があるわけではないし、ましてや詩織さんは妻だった訳で、しかも精神病な訳ですからそれがうまくいったとは思いません。

たらればの話はいくらでもありますが、何をしたからといってもうまくいくことは無いと思います。

『健康』って本当に素晴らしいなぁと感じました。

それは『足ることを知る』ことに繋がりました。

今ある環境が、本当は『有り難い』ということに気付いたのは詩織さんのお陰だと今も思います。

『共依存』についてはなかなか難しい問題だと思います。

境界性人格障害の特徴として、相手を自分の思い通りにコントロールし、自分の欲求を満たすためだけに相手と接するという思考があります(しかも本人には自覚が無い)から、相手の心の弱味を巧みに探り出し、それを引き合いに相手をコントロールしようする訳です。

つまり端的に言えば
『あなたのこういうところが悪いから私はこうなった。だからこうする(私の欲求をきく)のが当たり前だ』ということです。

どんなに相手の欲求に答えても、相手の欲求は『私の望む、親の愛情というものを全て私の為に与えよ』というもので、赤ちゃんの頃に得られる無償の愛を無限大に与えるようなものです。

そもそも私は詩織さんの親ではないですから、詩織さんの望む愛情を与えることが出来ないのです。

だから、親の愛情を一身に受ける娘が憎くなってしまい、知らず知らずに身体が育児に拒否反応を起こした訳です。

私は詩織さんの望む欲求に出来る限り愛情を持って答えていきました。

その欲求は幼い子供のように分単位でコロコロ変わります。

私は詩織さんの母親になったつもりで詩織さんの欲求を詩織さんの望む答えで出し続けました。

「なんでこれがこうなんだ!」と理不尽に怒りをあらわにする詩織さんに
「じゃあどうしたらいいかな?」と伺い、その通りにしたらまた違う要求が生まれ「じゃあどうしたらいいかな?」とまた伺い、その通りにしてもまた違う要求が生まれる。
段々詩織さんも言うことが無くなってきたら人格否定をし始め、暴れ、過呼吸になり、狂ったように謝り始める。

私は私自身の努力が足りないと思い、詩織さんの話す通りの要求を出来る限り叶え続けました。

泣きながらでも若い男の一人暮らしの部屋に送り
家事が出来ないといえばやり
一人の時間が欲しいといえば与え
休む時間が欲しいといえば与え
話を聞いて欲しいといえば付き合い
一人暮らしがしたいと言えば与え
友達と旅行に行きたいと言えば行かせ
家族で一緒に暮らしたいといえば家を買い
殴られ
刃物で切られ
罵られ
人格否定をされ

そしてしたことに対して「私は望んでいなかった」と言われる。

とにかく私は思い付く限りの出来ることをとことんやってやろうと思っていたので、理不尽に出来ないこと以外は出来る限り叶えていました。

それは自分自身、詩織さんが病気になったことを責め続けたからです。

何をどうしても詩織さんは私を責め立て続けました。

その内ロボットのように感情を無くす自分がいました。

おそらくこれが『共依存』の状態です。

本人には無自覚だと思いますが『自殺』というカードを出し続け、その原因を身近な人に押し付け続けるのです。

それに気付かせてくれたのも母でした。

詩織さんは言われなき妄言を言葉のナイフとして用い、母を傷付け続けました。

詩織さんは私の母親も自らの憎む存在として憎悪を燃やし続けました。

それは私の母親ももちろん悪いところがあったでしょうが、詩織さんにとって嫌だったところを誇大妄想に捉え、私にも周りにも暴言を吐き続けました。

これはいかに自分が不幸な環境にいるかを周りに訴え、周りに同情されたいという心理状態が作り出すものですが、遂に自律神経失調症をきたし、高血圧、不眠症、顔面麻痺を発症した母を見て、私は気付きました。

それでも母は詩織さんを決して責めませんでした。

『詩織ちゃんは本当はすごく優しい子なのを知っているから』

そう言った母に何度も「ごめんなさい、ごめんなさい」と言って泣きながら謝りました。

言われなき妄言を吐かれ続け、左顔面麻痺の為にご飯をポロポロ溢しながら食べる母親を見て、そんな母親を更に責め続ける詩織さんを見て、当然それが間違いだとようやく気付きました。

そしてそれは自分にも当てはまると思ったのが詩織さんが居なくなる少し前のことです。

母も母なりに詩織さんを自分の娘のように愛し続けてくれました。

それは一生懸命詩織さんの母親代わりになろうとする私の姿が、親から見て余りにもいじらしく見え、また詩織さん自身にも孫を産んでくれた感謝からだと言います。

そんな母に二度とそんな思いはさせないと心に決めました。

母はそれでも「あんたが一番辛かった。」と言ってくれます。

そんな母の愛情に心から感謝し、今を生きています。

私が幸せに生きる姿を見せることが、親の気持ちも分かり、子の気持ちも分かる私が思う最大の親孝行であると思うからです。

ともかく共依存の状態は心身に支障をきたす危険な状態です。

でも私はそれでもそんな時間を生きた私を否定しません。

それで気付いたこともたくさんあったからです。

それが『色即是空(しきそくぜくう)』だと思います。

人生に色を付けるのは自分次第ということです。

コップに水が半分入っているとします。

それを見て
『コップに水が半分しか入っていない』
と思うのか
『コップに水が半分も入っている』
と思うのか

それはその人自身が決めることです。

様々な経験が『悪い』ことと断罪するのか
そうではなく自身の糧にするのかは自分次第ということです。

私はこの世に産んでくれた母の為にも
何より自分の為にも
この世界を愛し、生き続けていこうと思います。

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コメント

  1. ヒロミ より:

    まさに私の息子が全く同じ病です。
    7歳から発症して現在は20歳です。
    どれだけ息子を殺して私も死のうか、何度考えたかわかりません。
    やっかいなのは、世間からは理解されにくい、病であり、医者やお薬だけではどうにもならない、完治などは望めない病気である、ということです。
    どれだけ、ふりまわされ私の人生なんて諦めるしかないのだと、覚悟しています。
    朝まで寝かしてもらえないまま仕事に行く日も多々あります。
    朝まで罵倒され続けられるので、一晩で3キロくらい痩せたりします。症状が出ない時は普通の素直な子ですが、180度変わりますし、攻撃的、暴力的になると、手がつけられません。いつか、殺されてしまうのかなと感じることもあります。
    どれだけのお金を使わされたかわからないくらい、息子のために借金だらけで、いくらしぬほど、主人と私が働いても働いても、足りません。
    こちらのブログを読んで、あまりに息子の症状とうり二つなんで、びっくりしました。長年医者にもかかり、毎日クスリも飲ませてはいますが、普通の病気ではないから、トンネルの先が見えません。
    気丈に頑張って頑張ってきましたが、地獄のようにくるしく辛いです。
    しにたいけど、私が逃げるわけにもいきません。だれにもわかってはもらえません。

  2. 匿名 より:

    私は、部分的には、あなたと同じ想いをした者です。
    どこが同じだったかと言うと、「両親から虐待されて育った妻を持っている」「妻が、ある診断では精神病に分類される状態であった」「妻が実質的に育児放棄をしていた(育児放棄をしたい旨の主張を行った)」「妻をこのように育てた相手の両親に恨みを抱いた」「自分もうつ病になったのではないかと自分を疑った」といったところです。
    あなたのブログを読んで、妻の言動を思い出しました。
    ・自分はやりたい放題。しかしながらこちらに何か非があると強く突いてくる。
    ・こちらが、「あるところまで譲歩する」と、その後は、その地点を基準(当たり前のこと)として「更なる譲歩を迫ってくる」
    ・自分を支援してくれる自立支援団体(アドバイザー)からの指示により、「妻は、自分は我慢しないで、したいことをすることが大事]、[自分がしたくないことは、する必要がない]ことを主張。
     *だが、そのしたくないことの中には「子育て」及び「夫の世話」が含まれている。
    ・妻は、子供に対し、私(子供にとっては父親)の悪口を言い放題。私が、『配偶者(妻・夫)への不満は、相手(配偶者)に対して言うべきであって、子供に対して、(その父親・母親)の悪口は言ってはいけない』との意見を言うと、「あなたも言いたかったら言えばいいんだ」との返答。
     *妻の育って家庭(両親)においては、母親は子供(妻)に対して育児放棄。加えて、父親も母親も、それぞれ子供に対し、配偶者(妻・夫)の悪口を言い放題。
    あなたとの最大の違いは、私の場合は、妻から家庭裁判所に離婚調停を立てられ、私は[子供を守るため]に離婚に承諾しましたが、離婚後の子供(3人)の養育は、私が行うことで、妻からは養育費として月5万円をもらうこととなりました。
     *その後もいろいろありましたが割愛します。
    妻を支援してくれた自立支援団体(アドバイザー)からは、[旦那さんから離れること(離婚すること)が、貴女の為にはもっとも大事]と言われていたようです。そして[そのためには、どんな手を使っても良い]と言われたらしく、離婚調停では、あることないことを主張されました。
    あなたが書いたブログの中には、私から見て「あなたの考えは変だ」という部分もありますが、それはほんの少しです。
    96%はあなたに賛同できます。
    お疲れ様でした。
    あなたは、[両親から虐待されないで育った人間として]、普通の対応を立派に行ったと思います。
    私からの具体的なアドバイスはありませんが、一つだけ、気に留めておいてほしいと思うことがあり、コメントしました。
    私の子供(すべて男子)は、現在、31歳、30歳、26歳ですが、結婚の様子がありません。
    これは、両親が円満とはいえない形で離婚したことが要因と私は考えています。
    子供にとって、申し訳ないことをしてしまったと考えています。

  3. よりこ より:

    詩織さん自身この問題は母親からしか癒されないのに、貴方にそれを求めたのでしょうね。お二人ともわからなかったから、苦しまれましたよね。
    でも貴方はすごく人間としてご成長されたと読んでいて感じました。
    無駄なんかではありませんよ。ただ今はご自分を回復させることでも手一杯だと思います。でも、年齢的にこれからも人生いろいろあるのでそのままの器では終わることは出来ませんよね。とてもとても心の広いいいお母さんに恵まれていらっしゃるから、大切にしてあげてくださいね。そして心を休めてあげてください。

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