ご覧頂いた方の様々な思い 3

優和様

こんにちは。はじめまして。
ひょんなことから、奥様とのブログにたどり着き拝見しました。
離婚せずに元の生活に戻るまでの軌跡だとしたらすごい!と思い読み始めました。
大変な5年間でしたね。お疲れ様でした。

私の夫も娘が6ヶ月のときに鬱病を発症し、長期休職をしました。
私は娘が少し大きくなったらフルタイムで社会復帰しようと、妊娠前に退職していて無職。
待機児童数が多い地域で、私も大した仕事は出来ず経済的に行き詰まり、
お互いの実家に戻り別居していましたが、彼が社会復帰したのを見届けて
別居から3年程で離婚を申し入れ、渋々受け入れてもらいました。

闘病に付き合っているときには「なぜこうなっってしまったのか」とよく考えましたが
私と娘との生活が負担であったことも一因であることも否めず、
離婚すべきでないという意見もありましたが、私自信への負担も大きく背負いきれず
「お互いのため」と思う気持ちが強くなりました。

鬱病は、自己否定させることは厳禁とのことで、どんなに頭に来ても叱責も出来ず。
小さな娘を抱え、経済的な不安がつきまとい、 家では独り悶々と途方に暮れ涙を流し、
出先では 娘と電車に飛び込んで死んでしまったら楽だろうな、 と よく思いました。
大きな地震でも起きてこの世が終わればいいと身勝手なことも考えました。

優和さんも書かれていましたが、「何のために生きているのか」わからない、
暗いトンネルを進む日々は とても辛く長く感じられました。

もし再発したとき、また同じ状況に陥ったときに乗り越えられるかを考えたら
私には心身ともに負担が大き過ぎ、決して乗り越えられるとは思えず、
彼が病気になったら一家を支えていかなければならない不安から解放され、
娘を育てる収入が得られるか心配はあるものの 精神的には安定を得られる
娘と2人の生活を選びました。

病気はそこそこ回復しましたが、彼は私が好きだった人とは別の人に感じられました。
頼れる人であって欲しいと願う人がそうでなくなってしまうのは、とても辛いことです。
一緒に幸せになりたいと結婚したのに、どうしてこんな結末になってしまったのか、
離婚を決意する過程で悲しくなることもありましたが、
一方で、「私の人生は彼に捧げて辛い日々を生きるための人生ではない。私も幸せになるために生まれてきたんだ」
と思うようになり 娘のためにも悲しみに暮れるばかりでなく笑顔で暮らすことに重きをおいて考えるようになりました。

大変な日々も幸せと感じられる器量があればよかったのですが 私は至らなく、それは無理でした。
無理をすれば娘にしわ寄せが行くことになるだろうとも考えました。

離婚したときには彼には申し訳ない気持ちでいっぱいでしたが、重荷から解放されたというのが本心です。
今でも娘のためには離婚しない方がよかったのかもしれない、彼は独りで大丈夫なのか、
私がもう少し頑張ればこのような結末にはならなかったのかも・・・と
考えなくはないですが 、あの暗いトンネルの中に居た日々に戻る可能性があることを考えると
やはりこうするしかなく、これでよかったのだと自分の出した結論を肯定しています。

優和さんは 出来るだけのことはされましたよね。
もう何事も限界で、終わるタイミングだったのではないでしょうか。
お子さんと離れてしまわれたのはあまりにも報われなく、何よりもお辛いと思いますが
無事成長されているようで何よりではないでしょうか。
決して2人のお子さんは優和さんのことは忘れていませんし、 今でも大好きなお父さんなはずですよ。

お母さんのことが心配で「一緒にいてあげなきゃ」と思える優しいお子さんたちなのですね。
「お父さんはしっかりしているから大丈夫」と心配ながらも思われているのでは。
お子さんたちが自立したらお酒でも飲みながら、あれこれ色々な話が出来るのではないでしょうか。
大変な時期を一緒に乗り越えたのですもの!
何よりも、大きくなって自分たちが子供を持ったら、どんなに家族思いの父親だったのかが
わかることでしょう。

5年間もよく耐えられましたね。ご立派です。
私の苦労は比較対象にならないかもしれませんが、
当事者にしか分かり得ない苦しみや悲しみは
優和さんの仰るようにマイナスにではなく、プラスに換えていきたいですね。
私も学んだこと、得たものはたくさんあります。
何もなかった人よりは何倍もしなやかに生きていかれると思っています。
小さいことではくよくよしなくなりました。何が大切かわかったからかな。

それと、話は変わりますが、 私は彼のことで悩んで精神的に病みかけたとき、
薬に頼る前に、と思い切ってカウンセラーの方に話を聞いてもらい救われました。
辛さを一人で抱え込むのはやはりよくないです。

カウンセラーの方は精神病のことも勉強されています。
私は「ノイローゼ」と言われましたが、病院に行くほどではないと言われ安心し
元気になりました。

その後、ストレス起因の内科の別の病気をし、パニック症候群になりかけたときには
発作が辛く死にたくなり、カウンセラーの方に相談しながら仕方なく抗鬱剤を最小量服薬しましたが
半年かけて減薬し、ちゃんと薬なしで元の生活を送ることが出来るようになりました。

私の場合、病気の副産物で精神的に不安定になったのもあるので、病気が治ってからは再発もありませんが
やはり、落ち込みがひどいときには軽いうちに治療するのがよさそうです。
死にたくなるときには前向きに薬が少量で済むうちに診療内科へ行くことも大切だと思います。
一日中つらい気持ちでいることは何よりもよくないと思います。薬ででも少しでも楽になれる時間を作るのも
悪くないと思いますよ。

薬にも中毒になるものとそうでないものがあるそうで(カウンセラーの方に教えて頂きました)
処方されたものの中でも後々断ち切りやすいものを選んで飲んでいました。

ご家族のことで大変な思いをされている方がいらっしゃいましたら、自分の気持ちを少しでも解放してほしいと思います。
病人と向き合うにはパワーが要ります。 ご自分を大切にして欲しいです。
どのような形かは分かりませんが、暗いトンネルの外に出られる日が来ることを願っています。

私もパニックになったときにはとても辛く、夫の辛さも体感出来ましたが
なぜ彼が「早く良くなろう」と積極的に治療に専念しなかったのかが不思議でなりません。
それも病気のためだったのかもしれませんね。

精神を病んでしまった人を差別したり、非難するつもりはありませんが
彼の行動パターンを把握して、解せない部分が多過ぎて理解に苦しみました。
それでも一緒に居られる人もいるのかもしれませんし、別れを選択した自分を
冷たい人間とも思います。

世の中には、きっと病気になった伴侶と生活を共にして
誰も責めることが出来ない、辛い気持ちを味わった(味わっている)方が
たくさんいるのでしょう。

幸せは自分が決めると考えようとしても、あんな状況では無理だと思います。
両親が健在でいてくれたので居させてもらえていますが
そうでなかったら、まだ彼と居るか、市営住宅などで娘と二人荒んだ生活をしているか、
もしかすると死を選んでいることもあったかもしれません。

彼はまだ服薬はしているかもしれませんが休職していた職場に復帰して4年になります。
娘(小2)と彼は彼の要望により会えることになってはいますが、4年くらい会っていなく、私から彼にメールしても返信はなし。
この夏休み、娘が手紙を出しても返事は来ていません。娘は毎日ポストを気にしていてかわいそうです。
私からメールしてもやはり返信はなし。まだ気持ちの整理がついていないのかもしれませんね。

当事者にしか分かり得ない気持ちを理解して下さる方がいることを私も嬉しく思います。

長々と私のことばかり書いてすみません。
久々に当時の気持ちが溢れてきました。
気に障ることを書いてしまっていたら申し訳ないです。
生きていると色々なことがありますが
試練は乗り越えられる者にしか与えられないそうですよ。

気持ちの晴れる日が増えていきますように。
優和さんの幸せを願っています。

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コメント

  1. みんみん より:

    はじめまして(^^)
    私も境界性な傾向があったので、拝見しました。
    今から読みます。

  2. さはる より:

    何でしょうね…わたし闘病している立場であり、つまりこちらのブログでは奥様の立場になります。
    やはりうつ病はみんなに迷惑をかけてしまうものなのですね。うつ病になったから、人格も変わり果ててしまうのですね…
    ごめんなさい、みんなごめんなさい。
    生きていてごめんなさい。
    前のわたしじゃなくなったのに生きていてごめんなさい。

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