妻は精神病 今の僕の気持ち 26

…ほんの少しずつ

ほんの少しずつ良くなってきた詩織。

良くなって

良くなって

悪くなって…

良くなって

悪くなって…

悪くなって…

良くなって

良くなって

良くなって…

文字通り、一進一退を繰り返す。

「お前は子供達が可愛くないのか?」

と何度問いかけただろうか。

いつもする話と言えば病院や病気の仲間の事ばかりだった詩織。

「今日は健斗がこうだった。」

「優菜と今日は~をした。」

という会話が徐々に増えていった。

そんな折りに詩織がある事を言ってきた。

「家族で一緒に暮らしたい。」

一人暮らしを始めて一年。

確かに段々と体調が良くなっていく詩織がそこにいた。

主治医の斉藤先生も、「もう大丈夫でしょう。」の太鼓判を押してくれた。

よし。

ただ、一つ問題があった。

金だ。

ここ三年間で三回目となる引越し。

詩織の病院の治療費はおろか、子供達の保育園代、生活費とは別に母親に月々渡す生活費、等々…

幸い借金こそ無かったがギリギリの生活である。

さて、引越しとなると敷金、礼金、前家賃、等々でかなりの額が飛ぶだろう。

そして月々の家賃が加わる。

子供達も大きくなる。

…家を買おう。

そう決めた私はすぐに家族会議を開いた。

「家を買います。」

詩織は少しびっくりしていたが賛同してくれた。

母親は怪訝そうな顔をしたが、「他に何かいい案はあるか?」の言葉に口を結んだ。

最初は単純に安いという理由で中古住宅を探した。

しかし、中古住宅は築年数に対してローンの長さが決まるらしく、さらに家のメンテナンス費用もばかにならないらしい。

新築なら35年フルローンが組めるとの事で、せっかくなので新築にしようと決まった。

そうと決まれば、ハウスメーカー探しだ。

昔からの古い友人が父親と一緒に大工をしていた為に、久しぶりに連絡をして話を聞いた。

色々な話を聞いた。どこそこのあれはあぁだとか、これはいいだとか。

色々なハウスメーカーにも行った。

…しかし、当時26歳の若い夫婦二人が後ろ楯もなく勢いで飛び込んだところで、やはり舐めてかかられるところばかりだった。

結局、信用の置ける営業マンに当たる事は無かった。

発想の転換をしよう。

その友人が言っていた言葉を思い出した。

結局は建てる大工の腕次第。

そうだ、せっかくの新築を建てるならば、知人に建ててもらおう。

相談した大工の友人の事を思い出した。

友人は驚きながらも快く承諾してくれた。

そして一人の建築士を紹介された。

中年の優しそうなその建築士の社長は友人の腕に惚れ込んで、専属の大工に従えているという人で、「フルオーダーで作ってあげるよ。」と快諾してくれた。

結局、設計図がないと大工は家を建てられない。

ハウスメーカーから得られるものは作り方とアフターに対する信用だ。

個人の建築士に注文する場合、いついなくなるかわからないという不安が付きまとう。

しかし、友人に建ててもらう事によって、その建築士がいなくなったとしても安心だ。

友人はあらゆるハウスメーカーの下請けをしており、そのノウハウはもとより、表彰された事もあるらしい。(社長談)何より、小学校2年生からの古い付き合いで、猿の様な身体能力と生き物を飼う際の丁寧な配慮と絵日記から溢れでる集中力の高さを知っていた。

建築士の社長もだいぶ融通を利かせて頂き、某有名ハウスメーカーの技法で素晴らしい家を建ててもらった。

くどいようだが、私には金はない。

もちろん母親にあるはずもなく、詩織の実家にもあるはずがない。

あるのは勤続年数5年半という信用だけである。

…何とか審査が通る。借金は無いに限る。

2004年10月。

私は27歳になった。

人生で最大となる自分自身への誕生日プレゼントを手にした。

35年ローンは自分が生きてきたより長く支払わなければならないけど、早い内の方がいいやと前向きに考えている。

そして、母親の家からスープの冷めない距離に一軒家を持つ事に成功した。

―続く。
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家を買いました。

そして家は売りました。

最初は子供達が戻ってくる場所を確保しなければという思いで維持していたのですが、ずっと帰って来ないので段々一人で住むのが精神的に辛くなり、家があることで自分がその思い出に苦しめられていることに何年かして気付いたからです。

当時はとても嬉しかったです。

ようやく少しずつ家族が元に戻るんだという気持ちでした。

もちろん大変さも覚悟していましたが、元来の楽観的な性格のせいか喜びの方が勝っていました。

しかし、詩織さんももちろん頑張ったのだと思いますが、家族で一緒に住むには至らなかったのだと思います。

もしも今ならば、先の段階で離婚し、グループホームに入所、生活保護を受けて一人暮らしを確立し、そして別に家やマンションを手配して、徐々に家族に慣らしていくと思います。

離婚した今だから思うのかも知れませんが、『結婚』という枠にこだわっていたのかも知れません。

もちろん離婚をするとなると、詩織さんの見捨てられ不安が加速する恐れもあるので、何が正しいということはありませんが、優先すべきはお互いにとって正しい距離感を保つことだと思います。

どうしても詩織さんの症状として白黒思考が先立ってしまうので全ての事象が『良い』か『悪い』かに別れてしまい、『まぁそんなこともあるか』と割り切ることが出来ないので、苦悩し、その苦悩を周りに原因を求め責める訳ですから、本人はもちろん、周りも疲弊してしまいます。

そうなった時に、自分の時間や場所があると違うと思います。

同居すれば全てが自分の思い通りになる訳はないので、それが徐々に負担になっていくのだと思います。

環境は急に変えるのではなく徐々に変えていく。
その為にお互いが生きやすい準備をする。

この二つが大切なんだと今は思います。

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