妻は精神病 今の僕の気持ち 30

給食費未納が問題になって久しいが統計上、児童の100人に一人の親が給食費を支払わないらしい。

娘の小学校の一クラスが約30人なので、3クラスに一人の割合。

『食わせてくれと頼んでいない。』

とかアホな理由等が多いらしい。

理解不能。

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―おかしな時代になっているのかも知れない。

なんでだろう?

原因の一つは

『溢れすぎた情報』

だと思う。

実際に20年前と比べて私共が得られる情報量は100倍を楽に超える。

言わずと知れたインターネットの普及の割合は多分に占めるだろう。

便利になった反面、害をなす情報が溢れたのも事実。

必要のない情報ですら目の前に飛び込んでくる。

私の弟はネットがあれば全ての情報が手に入ると信じている。

確かにそうかも知れない。

しかし、目の前にあるリアルな現実を経験した人間にしかわからないものの方が大切だと思う。

『勤続10年』

って聞くのも書くのも簡単だ。

「だって仕事が楽だもん。」

と言う親友を私は尊敬している。

楽なはずが無い。

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積丹の90歳のおじいちゃんが好きだ。

戦争を経験して、色々な話をしてくれる。

現役漁師。75年。

ボケてもなく、深く刻まれたしわと大きな手、暖かい声が印象的なおじいちゃん。

本当に
『人生を知っている』
人。

普段は寡黙らしいが私とは気が合うらしく、

「あんたが来ると色んな話をする。」

と奥さん(89歳)が言っていた。

この間、そのおじいちゃんが言っていた事。

「このテレビってヤツは良かったり悪かったりだな!」

なんでですか?

「真似するべ!若いヤツら。

昔は目の前の事しかわからないのが当たり前で、それを一所懸命やったもんだけどな!

確かに便利になっていいかも知んねえけど、自分で情報を選ばねえとな。」

―あぁ、そうか。と思った。

いい情報も悪い情報も正しいかなんて確かめる術もない。

全て鵜呑みにするのでは無く、自分で選ばなければならないんだ。

90歳にもなると、生き死ににもかなりシビアだ。

「いつ死ぬか分かんねぇもんな。」

言葉では伝わらないこの雰囲気。

…仙人です。

『強くなくとも正しく生きる』

って誰か言ってたなぁ。と思い出した。

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昨日は詩織の病院へ久しぶりに行った。

AM11:00から家を出て、前日の病院へ。

優菜の保険証を持ってお金を返してもらい、用事があるというので区役所へ行った。

そして買い物をしてなんだかんだで16:30頃帰宅した。

家に着くと母親から留守電が入っていて、

「すき焼きの材料買ったから食べなさいー。」

との事。

いつも月曜日は、詩織は病院なので私の母がご飯を作ってくれているのだが、私が休みなのに作ってくれるとは思わなかった。

まぁ、買ってきたなら断る理由もない。材料を切って30分程で持って行くと言っていた。

…私はちょっと疲れたので、軽くソファで横になった。

―30分後、

ピンポ―ン

チャイムが鳴った。

子供達が玄関に母親を迎えに行く。

「おばーちゃーん!」
「優菜ー♪健斗ー♪」

家に上がる母親。

「あら、詩織ちゃんは?」

「んー?ママねぇ、にかいでないてでんわしてるよ。」

!?

どうした詩織!?

びっくりして飛び起きた。

「…あら、優和。詩織ちゃんどうしたの?」

分かりません。

急いで二階に上がると、しゃくりあげながらベッドの上で電話をしている詩織がいた。

こっちを見る詩織。

すぐに電話を切りずらいらしく「ええ」「はい」と泣きながら相づちを打っている。

少し経って電話を切った。

どうした!?

「ひくっ…えぐっ…

…すごく怖くなって不安になるの…
ひくっ…えぐっ…」

とりあえず、一階に降りてソファに座らせた。

話を聞くと、先週の金曜日辺りから記憶力が低下しており、人の話もなかなか理解出来なくなってしまい、ものすごい不安に襲われるとの事だった。

私は疲れて寝ているし、迷惑をかけたくないので病院のスタッフに電話をして話を聞いてもらっていたそうだ。

「…病院行ってきたら?わたし、子供達見ていてあげるから。」

母親がそう言ってくれた。

「…でも18:00で閉まっちゃうし…」

時間は17:15を過ぎた辺り、病院までは車で15分かかる。

―行こう、詩織。電話してごらん。

「うん…」

電話をしたところ、スタッフの方は快く「来てもいいよ。」との返事があったようだ。

じゃあ行こう。母ちゃん頼むな。

不安気な詩織を乗せて病院へ向かった。

―続く。
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溢れすぎた情報が示すものよりも、その本質が大切だと思った故での長い序文です。

当時90歳だったおじいちゃんはお元気でしょうか。

リアルな「いつ死ぬかわかんねぇもんな!」
の台詞はその人生を深く物語っていました。

『目の前のことに一所懸命取り組む』ことは、私の人生に於いて大切にしていることです。

“一生懸命”ではなく“一所懸命”です。

“命を掛ける”のではなく“一つの場所で頑張る”ことです。

移り行く情報は意識を分散させてしまいます。
そうではなく、物事の本質とは何かを的確に捉えそこに注力していく思考とその方向性が大切だと思います。

ベクトルをどこに向けるか。

例えば、『車を操作する』にも
・運転する為
なのか
・修理する為
なのかによって、その行動の意味が違ってきます。

『手段が目的になってはいけない』とよく言いますが、私は当初『妻の病気を治そう』という方向性で走っていました。

そうではなく、今ならばより『どう妻と寄り添い生きていくのか』を考えるべきだったと思います。

『妻の病気を治そう』というのは、『自分』の思いです。

しかも『病気』というレッテルを貼ってそれを『治そう』という方向性でした。

その症状すら愛することは私には出来ませんでした。

ただ、それは今でも出来ないと思います。

元妻が居なくなってから『愛』についてずっと考えています。

“汝
病めるときも健やかなる時も
これを愛し
慰め
慈しみ
共に人生を歩むことを誓いますか?”

今私が思う“愛”とは、言葉では言い表せるものではなく、便宜上名付けられているものであって、文章で表すとすれば、心で感じるもの、心から溢れ出る温かいものだと思います。

文章でこの感情は言い表せないと感じています。

私は『愛』が『義務』になっていたように感じます。

・神様と約束したから
・結婚したから
・なんとかしたかったから
・子供がいたから

自分が示した愛情は詩織さんが求めたものでは無かったのだと感じます。

ただ、私は当時の私は自分の出来ることを一所懸命頑張ったと認めています。

それは『後悔のしない生き方をしよう』と詩織さんが精神病と診断された時に決めたからです。

今の自分が元の自分と入れ替わったとしても、おそらく詩織さんを満たすことは出来ないと思います。

そこには『彼女を満たしてあげよう』というエゴにも似た思考の方向性があるからです。

詩織さんを尊敬尊重し、適度な距離を保ちながら生きることは出来ると思います。

それが今の状態だと思います。

過去の事実と、当時の私の心境や、今の私のブログに不快感を示す方もたくさんいることと存じます。

特に自らが精神病の診断をされたことのある方は、その経験から私の至らなさが目に余るのかも知れません。

そのような不快な表現を差し上げて大変申し訳ありません。
この場を借りてお詫び申し上げます。

毎日、2000人の命が失われています。

そして日本では年間30000人の方が自ら命を断っています。

日本の中に

急に家族が居なくなった方がいたとして

その中で自らの命を断ちたいと思う方がいたとして

そんなたった一人の方が、このブログをご覧になって、ほんの少しでも生きる力が湧いてくださったなら

それだけで良かったと私は思います。

本当に良かったなと私は思います。

そういう方が、
命が継ぐむ有意義な時間を、
この世界で一緒に生きたいと、
私が勝手に思うからです。

それは私のエゴに他なりませんが、

私がその時には毎日親友が会いに来てくれたから、
私は親友に救われたから、
私はその知らない誰かに会いに行けないから、

だからここでそれを綴っています。

それが私の思う、このブログの一つの意義です。

綺麗事を言えば、
たった一つの言葉で救われる命があるかも知れないならば、ただそれだけで価値があるかなぁと私が思うだけです。

生きることって、なんだか大変だと思います。

みんな大変だと思います。

命なんか断ちたいと思ったって仕方ないと思います。

そんな時が在っていいんだと思います。

だけど、ほんとのほんとに底まで堕ちたと思ったなら、

後は上がるだけって言うじゃないですか。

上を見れば、太陽が照らしてくれていることに気付きます。

たくさん下を向いて
歯が砕けるくらい喰い縛って
頑張って
頑張って生きたなら

きっといいこと在るんじゃないかなぁって思い、

今を私は生きています。

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