今の僕の気持ち2017 『家族が精神病になったら』

その焦る気持ち、分かるよ。自分も経験した。

『どうしたらいいんだ!?』で頭がいっぱいになって、精神病になった妻のこと、子供たちのこと、これからの生活のこと、その全てを一身に受けて、混乱した。

その中で、『自分がしっかりしなければならない』と決意を固めて、地に足を付けたことは立派だと思う。けれど覚えておいて欲しい。その『決意』は誰がしたのだろうか?

そうだ、君だよね。
相手は、どう思っていたのかな?

20歳の君は不安定な相手の姿を見て、自分も不安になりながらも自分が感じる愛を信じて結婚を決意したね。それはいいんだ。相手も受け入れてくれたんだから。
一所懸命、この会社で社会を生き抜くことを決意したね。会社を選ぶのも相手の意見を尊重して選んだね。
君はたくさん頑張ったと思う。
20歳で父親を亡くし、それから自分の力で生きていくんだと、やりたいことも諦めて、相手への愛が自分の糧だと信じて、生きてきたんだ。

君は言うかも知れない。
相手とは話し合っていた。相手には一度も働かせたことはないし、自由に生活させていたと。
そうかも知れない。それで喜ぶ人もいるだろうし、確かに君は頑張ったのかも知れない。

『君』は相手の為に頑張った。
けれど『相手』は何を望んでいたんだろう?

『子供たちの為に時間が無かった』
君はそう言うかも知れない。けれどそれは『君』の考える『時間』なんだ。

これから君はその何倍もの『時間』に『傷み』を受け続けることになるだろう。

だから、焦るな。

『君』の時間の枠に、相手を組み込んではいけない。
『相手の為』を想うその気持ちは素晴らしいし、真実の愛だとも思う。
しかし、『相手の為』を想う気持ちは誰のものだろう?

そうだ、君だよね。
それは自分の気持ちから発生した『エゴの愛』なんだ。

『相手の為』に『自分が何をするのか』を考えるのも大切なことだと思う。そして、そればかりではなく、それとは別の方向性で『相手の望む』ことを落ち着いて、考えてみようか?

君はたくさん頑張っている。そこを否定している訳じゃないんだ。

ただ、今の自分が思うのは、ひょっとしたらそこからボタンの掛け間違いがあったんじゃないか?

そう思うんだ。

けれども、そこをそう想いを巡らせたとしても、君にとって容赦の無い理不尽が君に襲い掛かるだろう。
そしてそれは筆舌し難い苦痛をもたらすことになる。

ただ君が医師から聞いた通り、君が相手を手離した時、相手は自らの命を絶つかも知れない。

それは君の大きな枷になったよね。
『自分の行動一つで相手が命を絶つかも知れない状況』というものは、何とも言えない気持ちになる。
どこか客観的な、それでいて主観的に生きなくてはならない。

その気持ち、わかるよ。
願わくば、そんな人が、
自分と同じ思いをする人が、一人でも減って欲しいと思う。

精神の専門家から、相手が命を絶つかも知れないと聞いた時、君は即座に相手の為に生きる決意を固めたね。
それがあったから、今まで生きて来られたんだ。
そしてその決意が揺らぐ時、君は人の弱さを知ることになる。

自分達はドラマの主人公ではないから、それもあって然りだと今なら思う。完璧な人間なんていないからね。

ただ人はそれを許さないんだ。
『社会的弱者』に対して、『未来の社会的弱者候補生』には世の中は厳しいということ。

それは知っておいた方がいい。
人は壊れてからじゃないと、社会的弱者と認められない。

だけど思うんだ。
本当はそうならない為の処置が必要なんじゃないかなって。

君はこれからたくさんの人に救われるだろう。
大切なことは、そのたくさんの人に救われた事実に気付くことだ。
そして、一人で抱え込まないこと。
たくさんの人が、手を差し伸べてくれている。
自分の決意の世界に閉じ籠ることなく、世界を信じるんだ。
そうしたら、もう少しだけ、きっともう少しだけ、生きやすくなる。

だけど、わかるんだ。
そうやって心を固めなければ、生きていけなかったということ。

『これ以上』を君に求めること。それはすごく酷なことかも知れない。
ただ、一つの案として、覚えておいてほしいんだ。
『相手の為』に自分の気持ちから進むことだけではなくて
『相手の望むこと』を
少し、ゆっくり、話し合ってみるということ。

これから君はたくさん会社に迷惑を掛けることになるし、
君が思うように、『病気』が簡単に治るものではない。

そもそも『病名』が付くから『治る』だろうイメージがあるのだと思う。
ただ、そうじゃない。
『治る』『治らない』の話で無いことは追々わかってくる。

これから君が考えることは二つある。

一つは君が『どう生きていくのか?』
そしてもう一つが『どう生かされていくのか?』だ。

君は君一人で生きていない。
頑なな決意を胸に抱く。そしてその次にそこに気が付けば、もう少しだけ、視野が広がり、迷いが減る。

とはいえ、相手の理不尽とも思える矢継ぎ早の要求に心が折れることもあるだろう。
君が思う以上の人生の大半の心の割合を占める出来事が起きるかも知れない。

そんな時は、
『そんな時もあるさ』とその時を傍観していた。そして、過ぎ去った記憶は心を痛ませるけれども、
『そんな時もあるか』と思えれば、少し、心が軽くなった。
良かったら、君も参考にしてほしい。そしてまた来る、楽しい時には、精一杯楽しんでほしい。その記憶が胸を苦しませたりもする時もあるけど、必ず『良かった』と思える日が来るから。

君は考えたね。自らが『どう生きるのか』を。
その決意は良かったと思う。
今の自分に悔いがある訳じゃないけれども、その上でそれすらも『自分に悔いが無い』という『エゴの心』があることを知ることが大切なことだと思う。

『自我』を全て無くして相手に尽くせ。という話じゃないよ。ただ、『自我』と『エゴ』は表裏一体なのを知り、真ん中を歩くようにしてみることもいいのかもしれないかなって。そう思うんだ。

視野狭窄にならざるを得ない状況、それ故にマクロ的な視野も相対的に広がったと思う。けれど、もう少しだけ、その“間”も考えてみようか。

今だからこそ、言えるんだろうけどね。ごめんよ。
嵐の最中にいたら、それを考える時間は無いのは経験した。
けれど知っている。
『台風の目』とも思える時間はあることを、君も経験してるよね。

その時間は、せめて、君の為に使おう。

命の使い方は君に主導権があるんだから。

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