今の僕の気持ち2017 空の心

『空』のような心を持つことについて考えてみた。

空は広い。
空は『空間』とも言えるかも知れない。
空を心に例えた時、たくさんの事象が地上で起こる。

空間は一つではなく、その全てを包括している。

良いことも、そうでないことも一つの空間に在る。

これを自分に例えると、一つのことにこだわるのではなくて、人生の全てを包括する心の有り様なのかも知れないなと思った。

良いことも、そうでないこともその人生にはある。

けれども人間は嫌なことに対しての記憶が根強い。

どうしてもそこにフォーカスして嫌な気持ちが蘇る。

たくさんの良いことは、たった一つの痛みによって消し去られてしまう。

その痛みが根深いほど、人生の途中で落ちた穴のように、周りの感情を負に引きずり込む。

空から地面を見たら、長い道のたった一つの穴なのに、いつまたその穴に落ちるかも知れないと、既に無い穴を“在るかも知れない”と探しながら人生という道を歩んでしまう。

自分の立ち位置から見える景色だけに注意をして、道を歩んで行く。

それも悪くないと思う。
けれども、鳥になって空から自分の歩む道を見たら、その大きな穴は一つしかないのに、注意しながら生きる自分自身が滑稽に感じる。

全ての空間、時空を包括しての人生なのに、囚われた心は用心深く、疑心暗鬼になっている。

空の心とは、全ての事象の存在を認め、そこに在ることに自分がどう色を付けていくかだと思う。

過去の事象の色を付けたがる自分に、どう新しい色を乗せていくのか?

それは混ぜ合わさる絵の具のように新しい色を重ねたとしても、すぐに元の色が濃く出てくる事象に似ている。

新しい色を少しずつ少しずつ混ぜ合わせていく。そうして元の色を少しずつ少しずつ変えていく。

気の遠くなる作業。

長く生きれば生きるほど、干からびた絵の具のように自分の色が固まっていく。

その色が良い時もあるし、そうでない時もあるし、何よりその色で生きてきたのだから手離すことに躊躇してしまう。

だけど見方を変えれば、その色もいい色だと思う。そうして5年後、10年後に自分がどんな色を持って生きていきたいかで変わっていくことが出来るのかも知れない。

『自分の理想を諦めない』とはそういうことかも知れない。

苦しい気持ちの時には、誰も信じられなくなってしまう。

けれども、そこに自分自身が気付いて、自分自身に寄り添う気持ちが大切なのだと思う。

空の心から自分を改めて見つめ直して、前に向かう心を持つこと。

挫けそうな時、誰かが傍に居てくれること。道を指し示してくれることに気付くこと。

意固地にならず、様々な視野を持つ人間になる。

スポンサーリンク
スポンサーリンク

メールアドレスが公開されることはありません。

CAPTCHA