過去を解き放つ④ 自分を許して愛することと他人を許して愛すること④他人と比べたがる思考から離れてみる

突然ですが、僕は職場で“シロクマ”って揶揄される時があります。

“揶揄される”って分かりずらいですよね。ようはイジられたり、イジメられたりすることです。

ストレスだったのか何なのか、僕は急に体重が増加してビッグになった時がありまして、その時に後輩の女の子が「シロクマに似てる」と言い出したんですね。

シロクマか…と思ったのですが、それからみんなツボに入ったのか、動物園に行って撮ったシロクマの写真を「お見合い写真」とわざわざ渡してくれたり、知らないうちにシロクマのプリントを資料の間に差し込まれたり、シロクマプリントのお菓子の箱にネクタイを描かれて置かれたりしています。今は元に戻ったのに、なんですけどね。

あと、気に食わないことがあると足を踏んでくるお姉さんがいます。僕はその人を“アニキ”と呼んでいます。

そんな訳で僕はシロクマに似ているらしいです。通勤中にシロクマに似ているオッサンがいたら、僕かも知れません。

それで、みなさんは自分が“なんでアイドルに生まれなかったんだ!”と思ったことはありませんか?

僕はあります。

“なぜ嵐の二宮くんに生まれなかったのか?”と。
“なぜキムタクに生まれなかったのか?”と。

木村拓哉さんなんて奥さん工藤静香さんですからね!生で“黄砂に吹かれて”聞き放題ですよ!

それに比べて僕は“シロクマ”ですから…

はい!出ました!
また僕は人と“比べて”いたんですね!

“過去を解き放とう”としている時、“なんであの人と比べて自分はこうなんだろう”と妄想することは“自分を許して愛していないこと”なんだと僕は経験しました。

今ある心と身体を認めていないから、そう思っちゃう。

それは“自分を傷付ける行為”なんだと僕は思います。

だけど勘違いしないでもらいたいのが“自分を傷付ける行為”は“悪い”ということではないということです。

骨も、一回折れたら強くなります。
稲穂も踏み付けて強くする方法があります。
人間にも自然治癒力が備わっています。
これは踏み付けられても立ち上がる為の力です。

筋肉もそうですが、負荷を掛けると強くなります。心も多少のストレスが無いと強くならないらしいです。

人間は“ストレス”が無いと死んでしまうらしいです。個として強くならないからなのかも知れません。

そうやって人類は進化をして、地球上の生物の頂点に立ったという考え方があります。

ただ、“過去を解き放つ”時には“自分を許して愛すること”、つまり一度“負荷を掛ける側面から離れる必要がある”のだと僕は思います。

それは“負荷の掛け方に固定観念(偏り)がある”可能性があるからなんですね。それを一度フラットにする必要があるのかも知れないと僕は自身の経験を通じて考えています。

“固定観念”は言い換えれば“今まで生きてきた思考”とも言えると思います。

“これはこうだ”と心に刻み込まれた“思考”。

そこを一旦フラットにしようよ。ということです。

世の中に“絶対”は無いんですよね。

目の前に探し物があるのに「ないない!」って騒ぐ人いません?

あれと同じです。
ようは“頭の中に”無いんですよね。

はい、僕のことです。すみません。

『“思考”が先走ると目の前のことが見えなくなる』

あると思います!

だから、一回フラットにするんですよね。

ただ、前もお話しした通り、思考の力って強力なんですよね。そこを“自分が間違ってるかも知れない”と考えてもまた自己否定に繋がります。というか繋がりました。試しました。

家族が居なくなった時に、コテンパンにやりました。「なんで自分ばかりこんな目に合うんだ!」と周りの人と比べてエゴ全開の思考が発動し、その後に「“自分”という存在が極悪なんだ」と反動が来て廃人になり掛けましたので、あまり良くないやり方なんじゃないかな?と思います。

一回やってみてもいいかも知れないですけどね。どんな感じか経験してみる為に。

今は僕はやりません。代わりに“事象と心(感情)をあるがままに認める”と“思考を乗せる”ことを分けて考えるようになったんですよね。そっちの方が楽で、自然に感じたんですよ。だからおすすめしてます。

漫画、WORST(ワースト)で素敵な台詞があるんですね。

下宿屋のおじさんがヤクザみたいなんですけど、「俺なんて…」って言う下宿している不良に対して
「 他人を羨むな!他人を羨むってことは自分を否定するってことだ!
そんなんじゃーミジメな人生を送ることになっちまうぞ!
強くなりたいと願うことは構わない。
だがそれは他人と比べるようなもんじゃないんだ!
他人は他人 自分は自分!
人生すべての答えは己の中にあるんだ!
わかったか!」
(第3巻32P)
って言うんですよね。おんなじことだと思います。

あなたがあなたらしく生きる為に。

自分を否定しないであるがままを認めること。

その為に、時に自分を許して愛すること。

それは前回書いた通り、決して甘やかすことではない。

“魂の浄化”って、そういうことなのかな?って思います。

自分の心を受け入れるということ。

“受”という字の真ん中に“心”を入れると“愛”が生まれる。

いやー。
いまさらですけど、なんだか恥ずかしいですね。

40過ぎたオッサンが“愛”とかそればっかり真面目に話してたら、それはそれでちょっと…ですよね!シロクマって呼ばれているオッサンがですよ。

絵本ならいいですよ。シロクマの絵本可愛いですよ。
ただ、“オッサン”ですからね。

想像してみてください。
いい年したシロクマ似のオッサンが愛とかマジで語ってる図。

ヤバイ。
捕まるかも知れない。

駅とかで勧誘とかしてたら職質される勢いだな…

「ねぇ、“愛”ってさ…」

痛い!アイタタタタ!

でもさ、口には出さなくても心に思うことってあるじゃん?そう!そんな感じだよ!←必死。

みんな、バブを尻に挟んだこと、あるでしょう?←それはない。

そんな感じだよ。そうそう。

でも大人になると、口に出して言わないことって増えるのかも知れないですね。

あのイエス・キリストさんも、そうだったのかも知れない。

元大工で30過ぎてから愛とか許しとか言い出した訳ですから。

しかも超訛りがキツかったらしいですね。

「なぁおまえら、愛とか許しとかが人生に必要だっぺよ」

みたいな。

それは周りから「おまえ突然どうした!?」って言われますよね。

髭もじゃの田舎大工がいきなり愛とか許しとかですよ?

僕はそんなイエス・キリストさんが好きですけどね!

『超訳・イエス・キリスト』って本が面白いです。宗教という側面じゃなくて、イエス・キリストさんが言った話の内容が分かりやすく書いてあります。

まぁそんな訳でこれからも僕はシロクマとして生きていきます。

『他人と比べたがる思考から離れてみる』

よかったら試してみてね。

じゃあまたね!

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