過去を解き放つ⑦自分を許して愛することと他人を許して愛すること⑦環境に関わる全ての人に“鏡映自己”を用いる

この間、テレビの情熱大陸でスーパーボランティアって呼ばれる尾畠春夫さんって方が出てたんですね。コレ→【“神”と呼ばれるスーパーボランティア尾畠さんが被災地に行く理由】
http://www.tbs.co.jp/tv/20180923_BBDA.html

あの、2才の子がアクティブに行方不明になって、発見した方です。

自分は泥だらけになってボランティアするのに、差し入れのお好み焼き一つで感激して泣くんですよね。とても人間として尊敬出来る方だと感じました。僕の心もジーンと来るものがありました。

んで、“ボランティアとは”的な講演依頼が来ても、「やることがあるから」って断っちゃうんですよね。その“やること”ってボランティアなんですよ。そりゃスーパーボランティアだなと。スーパーじゃなくて、ウルトラスーパーだなと。僕は思いました。

んで、その尾畠春夫さんがボランティアに行く理由が番組の最後に明かされるんですけど、それが『天国のお母さんに抱き締められたいから』なんですって。

もうね、号泣ですよ。

「背骨が折れるほど抱き締めてもらいたい」「あばらが折れるほど抱き締めてもらいたい」って、目を赤くしながら言うんですね。78才ですよ。10才の時に母親を亡くされたそうですが、約60年分の想いですよ。

もちろん、その人生には様々な思いや想いがあったんでしょうけれども、番組のスタッフさんにはそこが一番響いたんでしょうね。

そりゃ講演も断りながら、ボランティアに行っちゃうような人が、目を赤くしながら話したら響きますよね。

78年間、どんな気持ちで生きてきたんだろう。

単純に、人間って素晴らしいなぁと思いました。

“他人を許す為には自分を許す”って話をしていますが、例えばこれを見て、中には「バカじゃないの?」って思う人もいると思うんですよね。

番組中では奥さんと離婚した過去も明かされましたが、「もっと身近な人を大切にしたら?」って思う人もいるかも知れない。

だけど、言わなかっただけで、二人には色々な葛藤があったのかも知れない。

家庭を省みずにボランティアに行く夫を見詰め、その胸中は“今無き母親への想い”だと知った時の奥さんの気持ちはどこに持っていったら良かったんだろうか?とかね。

その時、その立場、その人生で、その人その人の思いや想いがあるのだと思います。

“他人を許す”とは、“他人を咎す自分の気持ちを許す”ということです。

そして、その環境における人々の立場を、その人だけにフォーカスするのではなくて、その周りにいる人々すべての気持ちを鑑みる。

その為に“鏡映自己”、相手の心を自分に映し取る方法を学ぶ。

相手の声色、仕草、目線、目の色、顔色、身体の様子、動作の様子、などから察して、自分の心に映し取る。

ただそれも、自分が生きてきた経験でしか測れないことを知り、足りない分は想像で補う。

それをそれに関わる全ての人に自然に行う。

その時の自分の心の根底には許しと愛を持って考えて接する。

例えば会社でトラブルメーカーがいるとする。周りはその人が疎ましくなる。その時、自分はどう人間関係を造り上げていくか?

トラブルがあった当事者全員に話を聞く時、本人の気持ちを聴く。まずは“聴く”。聴かなきゃ分かんないから。

「あの人が悪い」と感情的になる人もいれば、「私は悪くない」と自分を守る人もいる。「こうしないからいけないんだ」とシステムを批判する人もいれば、「私が悪い」と自分を責める人もいる。

話や相談を受けた時、まずは感情を認めてあげる。その人の心のインナーチャイルドを認めてあげる。

「今、こんな気持ちなんですね」って。ただ認める。だいたい「そうだ」って言ってくれる。違ったら聴く。どんな気持ちなのか。

自分を許すのと一緒。

次に、「だから、こう思うんですね」って思考を認める。これもだいたい「そうだ」って言ってくれる。違ったらまた聴く。どんな思考なのか。

これでおしまい。
後は相手に委ねる。ここで自分の心(気持ち)や思考を話したら、相手が自発的に気付かないから。

“成長”とは“気付き”と“経験”によるもので、本人にしか分からない。

ただその時に「あなたはどう思いますか?」と聞かれたら答えるだけ。

でも、これは立場によると思う。

もしもそのチームをまとめる立場なら、その立場のお話をする。聞かれた時と一緒。

その人のインナーチャイルドに話し掛ける。

「そんな気持ちにさせてごめんね」って。

だいたい「あなたは悪くない」って言われる。ただ、チームをまとめる立場なら、そんな環境を作った責任はあると思う。自分がその責任にない立場なら、「そんな気持ちになって辛かったですね」とか「そう思ったんですね。どんな気持ちですか?」とか、まずは心(気持ち・感情)を受け止める。

次に思考の話をする。「“僕は”、だけど、心と思考を分けたらいいと思うよ」って。

そしたら結構落ち着いたりする。人間って話すだけでも心と思考が整理されるんだと思う。

そしたら段々その手の話は減ってくるように感じている。コイツに言ってもムダだ!って思われているのかも知れないけどね!

だけど、自分と同じように、相手にも許しと愛を持って接すると、分かってくれるんじゃないかなぁって。そう感じている。

なんかね。気のせいかも知れないけど、笑顔が増える気がする。

でも、知らないうちに相手を傷付けているのかも知れない。

離れていく人もいるからね。

それは、先輩に聞いたら、「許せない自分が辛くなるから」なんだって。

僕が何でも受け止めるから、段々自己嫌悪に陥るみたいで。

そこが今の課題です。

みんなは「気にしなくていいよ。その人がいつ気付くかなんだから」と言ってくれますが、僕は相手に気付いてもらいたいんじゃなくて、その人に“こんな考え方もあるよ~”って軽く捉えてもらいたいんだけど、重く捉えてしまうみたいで。

単純に「おまえの思考は受け入れられない!」って言われた方がスッキリしたり、相手も「あれから考えたけど、私もそう思えるようにやってみるから教えて!」って言ってくれるような気がする。

自分で自己嫌悪になって心に傷を付けてしまったりして、そのきっかけが僕であることがあった。

だから、このやり方は完璧ではない。お釈迦様も、人に伝える方法は85,000通りあるって言ってるし、まだまだ僕は修行中なんだと思う。

その人、その人への話し方が。

『環境に関わる全ての人に“鏡映自己”を用いる』

まぁそんな感じです。良かったら参考にしてね!

じゃあ仕事してきます!

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