過去を解き放つ⑪自分を許して愛することと他人を許して愛すること⑪心のデトックスをする。その為には固定観念を再構築する

みなさん、心と思考を分けて考えられるようになったでしょうか?僕はなかなか難しかったです。

僕が思うに、この両者は密接に絡み合っているんですね。これに“固定観念”が入ってくると、ますます両者はガッチリスクラムを組んで離れようとしなくなります。接着剤みたいなものですね。

この“固定観念”は幼少より培った三つの血により育まれてきたものだかららしいです。

①両親などの身近な人からの思想の影響などの“血”筋

②国や風土や文化などによる影響の土“地”

③教育などによるよる影響の“知”識

これらが産まれた時から蓄積されていく。それを“色即是空(しきそくぜくう)”と名付けた人がいたんですよね。人は産まれてから、物事に色を付けて生きていくって。

赤ちゃんの頃。

暖かい、甘い、美味しいはyes。
寒い、辛い、不味いはno。

そうやって、『yes・no』を集めながら人は成長していくらしい。だからその人にとっての『no』が現れた時に人は不快感を示すんだよね。

その『no』はその人にとって理不尽なことだから。

そしてその『no』はまた人に伝染する。そうして世界に理不尽な思いをする人が増えるんだと思うんだ。

このように“血”一つ取っても“因果律(すべての事象は必ず原因と結果の現れであるという原理)”によって思考は思っているより強力に締め付けられているように感じる。

そこを打開するには“離れる”という行為は非常に有効であると思う。

今必死に川で溺れないように泳ぐ人は、なんとか目の前の岸に泳ぎ着くことを優先させようとするけれども、川から離れて安全なところから見れば、どのルートが流れが緩やかか、または流れの激しい避けた方が良いルートが分かるはずだよね。

離れたところで見れば、前に進む為の新しい考え方が産まれるかも知れない。それが新しい思考を産む為の土壌になって心を癒すのかも知れない。

これを激流に飲まれながらするには『メタ認知(自己の客観視)』という認知行動が必要になるらしいんだよね。つまり、物理的に離れる方が思考の再構築するには易しいということです。

物事は易しいものからはじめ、徐々に難しいものに取り組むと身に付くという原則がありますので、メタ認知を身に付ける為には一度離れるという行動が非常に重要であるということです。

ようは白黒思考でが凝り固まっている状態を苦しむのではなく、その思考から離れることにより新しい思考が生まれやすくなる。その新しい思考から新しい心が導かれるんじゃないかなぁ?ということです。

まぁ理屈で言えばですけどね!めんどくさくてすみません。なんか分かんなくなったら一回離れたらいいんだと思います。そしたら色々見えてくるんじゃないかな?って話です。

僕は大切な人に“子供が大人になったのが大人だよ”って教えてもらいました。だから、学んでいないことは出来なくなってしょうがないんですって。一度も電子工学を学んだことの無い人はそれが分からない。その逆にその人はマグロ漁のやり方はわからない。

分からないことは、知りたければ今から学べばいいんだって。ただそれだけの話。

だから自分が『no』を受けてイヤな気持ちの時は、固定観念に縛られているのかもな?って学び、自分を癒す思考に再構築することが大切になり、それが心のデトックスに繋がるのだと思う。

自分のイヤな気持ちの固定観念を入れ換えて、“この人も過去に理不尽な思いをしたからだ”と相手の心を包括する。ただそれも、自分の生きてきた経験の中でしか分からないことを知り、その上で相手の心を認める。

自分のところで断ち切る因果。

それを行うには先に挙げた自分の心を浄化する作用を手に入れることと、そして『時薬(ときぐすり)』の存在を知ることだと思う。

『時薬(ときぐすり)』とは時間による自浄作用のことで人間にはこの『時薬(ときぐすり)』が効く性質があるとのこと。

時薬が効かない時、それは自分が過去に囚われている時らしいです。ようは今までの人生により、noが固定観念に縛り付けられている状態。

辛い記憶ほど思い出は脳内でリフレインされ、忘れることを許さないんだって。

だけどそれは人間が持つ進化の力に他ならないんだと今僕は思うんだ。

その記憶を忘れないように。
次は失敗しないように。
適応し、生きていけるように。

そして、それと一緒に“道徳は時代と共に変わること”を知っておいた方がいいと思う。そうでなければいつまでも過去を引きずることになるからね。

昔は「知らない人にも挨拶しなさい」が今は「知らない人には挨拶をしてはいけません」に変わったんだよね。これは余計な事件に巻き込まれないようにという生活の知恵から産まれたもの。こんな風に世の中には変わるものが色々ある。

『行く川の流れは絶えずしてしかも元の水にあらず』有名な方丈記の書き出しです。

世の中には変化するものと変化しないものがあって、変化しないものが『普遍的』と言われているよね。この一つに“愛”がよく挙げられています。

それは人を慈しむ心のことだと思う。“慈しむ”とは『愛情を持って大切にする』ことなんだって。全ての人を慈しむ心を僕は持ちたいんだ。そこに至る葛藤が人生の修行なのだとも思う。

イエス・キリストが唱えた愛。
釈迦が唱えた慈愛。

宗教は時として戦争の道具として扱われるけれども、本質はそこなんだと思う。

まずは自分に許しと愛を。そして他人に許しと愛を。

そうやっていったら心はデトックスされ続けて、もっと楽に生きることが出来るんじゃないかな?って僕は思うんだ。

だから『心のデトックスをする。その為には固定観念を再構築する』ことが大切なんじゃないかなぁ?って。

良かったらやってみてね!

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